06/01/05 00:13:13 0
韓国が言えない屈辱の遺産
清皇帝から受けた恩に、感謝して迎えるために作った迎恩門。
ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えた。
清の太宗が要求したのが、九叩三拝(頭を地にこすりつけて、土下座して謝罪)という屈辱的な礼。
太宗は、朝鮮王朝がこれを忘れないようにと、わざわざ、モンゴル語、満州語、漢語の碑文を作って、
その場所に建てさせた。
ちょっとかわいそうに思えてきた・・・
迎恩門(げいおんもん)とは、中華の皇帝の臣下であり、属国の関係にあった朝鮮半島の歴代の王が、
中国の皇帝の使者を迎えるための門であった。
下関条約の締結により清国からの独立を達成すると、迎恩門を破壊し、
同じ土地に新たに独立門建てられた。
独立門の正面(後ろ?)にある二本の柱は、迎恩門の名残である。
現在、朝鮮半島では、南北ともに反日教育によって
「独立門は、日本から独立した事を意味する門である」と間違って教えられる。