■ビバ!マックス・ウェーバー統一スレ■at SOCIOLOGY
■ビバ!マックス・ウェーバー統一スレ■ - 暇つぶし2ch50:
02/01/24 16:15
age


51: 
02/01/24 16:49
中央高等学院の従業員「西部」が女子トイレに闖入し
汚物入れを物色して女子生徒の使用済みタンポン・ナプキン等を
個人的に収集しているというのは事実。

中央高等学院では
生徒及びその保護者の個人情報を名簿図書館等に売却しています。
中央高等学院 URLリンク(chs-f.com) 中央高等学院福岡校
URLリンク(www.chuo-school.ac)


52:Q
02/01/24 17:00
世界観について

「プロテスタントの倫理が意図せずに資本主義の精神を作り出すことになった」
そして我々は世界中でプロテスタントの精神が衰退していく中でも「鉄の檻」つまり
「非人間的」な社会システムのなかで生活していくことを余儀なくされる。これが現代人にかされた運命である云々
(参考:山之内靖「マックスヴェーバー入門」)

資本主義の精神とやらが世界中を席巻し、好むと好まざると世界中の人間がこの社会に取り込まれてゆく中で我々はどのように生きてゆくべきか!!!
「受苦者の連帯」
これが回答であるとするならば、人々がだ。二ヒリステックにかつ享楽的にその日その日を生きてゆくしかない
理想も価値も見出せぬ。ある日本の社会学者は「そんな退屈な日常をまったり生きよ」と言った。

で、大方の人々が「その日その日をまったり生きること」そんな人生に楽しみを見出し始めた

・・大体こんな理解でいいのかな?


53:中葉
02/01/28 15:14
>・・大体こんな理解でいいのかな?

こんな理解ではちょっと困るんじゃないかと思われ。

54:age
02/02/03 16:58
URLリンク(messages.yahoo.co.jp)

55:あげ
02/02/24 21:18
最近の学部生はヴェーバーを読まないと聞いた

56:あぎ
02/02/25 00:01
某最難関大学でもヴェーバー読んでるのは2割ほどか。
卒業してからでもイイから読め。

57:くまじろ
02/04/20 14:40
 諸兄よこの新説に御評論を「日本の資本主義の精神は小学校で再生産されてきた」

 旧来の日本の小学校では、法則や公式を正しく理解して難問を正解させるルーズな
子供よりも、難問は解けないが、提出物が完璧でミスの少ない几帳面な子供の方が、
通知簿の成績が上に評価された。
 提出物を期限までにきっちり仕上げられない子供は、能力不足ではなく、道徳不足
として、道徳的に叱られた。つまり、この几帳面さ、期限厳守、広義の事務能力は、
スキルではなく、エトスとして、旧来の小学校では仕込まれていた。
 日本の旧来の小学校では、日本的資本主義精神の再生産の場であった。

58: 
02/04/30 15:48
工房から基本的な質問をさせて下さい。
「プロ倫」に即したもので、ほんとうに基本的なんですが、読解力が足りないもので。。。

「禁欲精神」とか「生活の方法的な統御」とか「計画性」とか「組織性」とかは、
「救い(恩恵の地位)の確証」という発想から生まれたのか、それとも、
「禁欲的プロテスタンティズム」の「天職観」から生まれてきたのか?

ここがいまいち分かりません。
岩波文庫の大塚久雄訳で読んでるのですが、
P286あたりを読むと前者か?とも思うんですが、
P184とかP292あたりのバックスターの議論とか読むと後者?
とも思うのです。

もう疲れて、読む返す気力もございませぬ。
馬鹿に教えてやって下さいませ~

59:58
02/04/30 17:00
と、書いても分かりにくかったかもしれません。
もうちょっと疑問点を詳しく書いておきます。
つまり、

ある「行為」でもって「救い」を確証しようと思った人間は、
絶えずある「行為」を行うようになる

ということなのか、それとも


「救い」を確証する「行為」とは「職業労働」であり、
なぜなら「職業労働」こそ神が「自己栄化」として望む「行為」であり、
当然、そうした「行為」が絶えず行われることを神は望んでいる
(あるいは、なぜ現世が「職業分化」されているかといえば、それは神が
望んだことであり、つまり「分化」する→労働者は自分の専門の労働を
組織的に行える=絶えず行う、ということだから、絶えず行うことを
神は望んでいる)(BY P309のバックスターの議論)

のどちらか、ということです。
是非とも、皆さんのご意見をお聞かせ下さい)

60:age
02/05/24 01:37
age

61: 
02/05/24 16:02
>>58
後者じゃない?
救いを求めるといっても、宗教における合理化やその方向性の違いで
様々な形態が発達した、その中でプロテスタンティズムだけが
近代資本主義へとつながっていった、というのがウェーバーの主張だと思うから。

62:sage
02/05/24 17:23
>>55
そんなこと無いよ。少なくともわたしの周りでは。

63:世界@名無史さん
02/06/21 04:17
Weberの方法の問題点:

Weberの認識論は事実判断と価値判断の峻別を前提(リッケルトの認識論)。
価値自由(脱価値)も、事柄(Sach)に即した検討を保障するために要請
される姿勢・態度。
Weber自身は、個人の思惟において、事実と価値の分離は本質的には不可能
と考え、ただ特定の価値観による事実認識の歪曲を回避する点で技術的
メリットありと考えた。
つまり、認識の客観性の断念を前提にした議論(客観性に付されたカッコ)。

またWeberの理念型=ある観点から諸対象の一側面を抽象して論理的に構成
したもの(実際にはどこに実在しない)。だからその妥当性を検証する場
合、可能なのは論理構成の整合性のみで、対象に即した再検証は不可能なの
では。抽象化はあくまで対象の一側面だから、他の側面の検討を通じて、
それと異なる側面を指摘しても反論にならない。
つまり反証不可能性という理念型のもつアポリアの存在。

また支配の諸形態(類型)として示される理念型は、いずれも時空を越え
た歴史事象を事実的な根拠としており、これをただちに歴史概念として
利用できるわけではないという限定的な有効性。

いずれも有益な点も多い反面、利用にあたっては問題点も多いと思われ。


64:世界@名無史さん
02/06/21 04:27
>>63
ウエーバーは、もともと中世商事会社の分析から出発した歴史畑出身の
人。歴史主義の立場だった。それがリッケルトの哲学を摂取すること
で、研究する側の主観性の問題や因果関係の問題などで、一時かなりの
混乱に陥ったといわれる。
客観性論文は、彼のそうした歴史認識上の問題に一応の決着をつけた
記念碑的作品。この後、彼は社会学という分野を開拓していく。


65:世界@名無史さん
02/06/21 04:49
>>63
確かに認識上の事柄では問題点は多いかもしれないけど、
官僚制の研究や宗教社会学・法社会学などではためになる
論点も多い。
それに社会学の概念は非歴史的概念かも知れないけど、それを
踏まえて歴史社会の分析に利用できるという点も数多い。

ただ、資本主義であろうと社会主義であろうとシステムの複雑化
が社会のあらゆる部門で専門の細分化を促し、専門家=官僚制に
よる管理が進展するという予測は、当たっているだけにいささか
悲観的な見通しを感じる。

まさに「精神なき専門人と情熱なき享楽者」の充満という構図
は現在の状況そのままという気もする。(鬱ダ

66:世界@名無史さん
02/06/21 04:58
>>63
あと、ウエーバーは政治と学問を峻別した上で、政治活動にも熱心
だったけど、その立場は、帝国主義的な国民主義とでも云うべき
もので、社会主義や社会民主主義には一貫して反対していた。

当人があと15年ぐらい長生きして、ナチの台頭の場面に立ち会って
いたとしたら、どんな対応をとっただろうか、という点には興味が
あるなあ。
をしただろう

67:世界@名無史さん
02/06/21 05:06
>>66
>政治活動にも熱心 だったけど、その立場は、帝国主義的な
>国民主義とでも云うべきもの

だとしたら、やっぱり対外的膨張を容認する強力国家の確立を
望んでいたのではないか(議会制を前提とする国民主義という
点で国家社会主義とは対立するだろうけど)

68:世界@名無史さん
02/06/21 05:16
>67
しかし、ウエーバーは、近代化改革にしても、19世紀的なビスマルク主義や
皇帝専制的な在り方には批判的だった。ワイマール的体制のもとで、
あくまで国民を主体とする漸進的な改革を望んでいたのではないか?

現在の日本で云えば、さしずめリベラリズム右派といったところかな(W

69:世界@名無史さん
02/06/21 05:26
>68
>リベラリズム右派
 口を開けば改革・改革と唱える急進的ネオ・リベラリズム派かあ?
 たしかに連中は階層分解しつつある中間層のうちの上層部分(勝ち
 組)だな。

 
 しっかし、あれだけの大学者がそれほどバカじゃあるまいYO
 寧ろ確固とした議会運営を担える政権政党の成立と諸政党・
 知識人の政治的な成熟を期待してたのじゃないかい。
 
 おっと、だいぶん話しが本題から逸れてきちまったな。スマソ

70:世界@名無史さん
02/06/21 11:08
いや、プロテスタンテイズムの倫理が世俗的な職業(Beruf)への
専心的態度の骨格となっているというシェーマは、『職業として
の学問』や『職業としての政治』でも展開されている。

あと最近ではウエーバーにおけるニーチェ思想との関連性が問題
とされているね。近代的な専門人がもつ醒めた精神的態度は、
ニーチェのいうニヒリズムとも通底した側面がある。

71:世界@名無史さん
02/06/21 11:33
>65
>資本主義であろうと社会主義であろうとシステムの複雑化
>が社会のあらゆる部門で専門の細分化を促し、専門家=官僚制に
>よる管理が進展するという予測
社会主義については、予測は当て嵌まったな。結局それによる社会
体制の硬直化がその崩壊をもたらしたのだから。

しかし、現在の資本主義においてもそうした管理(所謂「鉄の檻」)
から逃れる術はあるのだろうか?
近年の自由主義的改革は、官僚制の支配のミニマムな限定により
社会の側に自由を再生させようという目論見かもしれないが、
結局国家的な官僚制の機能を私企業的な官僚制が代位するだけの
結果に終わらざるをえないのでは?

だって自由主義的な資本主義では社会がうまく機能しないから、
国家が市場経済に介入する修正資本主義(ケインズ主義)が生まれ、
官僚制の権限が拡大したわけだろう。
これだけ複雑化した社会システムを国家官僚制が掌握できず社会
の非効率化を生み出したのは理解できるが、他方で市場経済に
すべて任せたところで、またかつての自由主義的資本主義段階
の弊害が再生産されるだけなのではないか。

事実、国民の階層分化により弊害がハッキリ出てきている。
失業問題や治安問題や国民統合の弛緩などの問題を国家機能
の権限強化で乗り切れるとは思えないが。

72:世界@名無史さん
02/06/21 11:48
>>71
要するに自由主義的な資本主義には未来はないってか。

確かに、Weberが想定した資本主義を支える禁欲的精神と、バブル
時代に代表される欲望丸出しの資本主義の「精神」は対照的だな。
生産労働から乖離したもっぱら投機にのみ走る資本主義、Weberは
こういうのを賤民資本主義って云ってなかったっけ。

ベンチャー企業(泡沫企業)の叢生、片や巨大金融資本の統合・再編。
そして国民の貯蓄を無理にでも外貨預金や投資信託などの市場主義的
な投機主義へ強制誘導しようという傾向。しかもそれが国家の経済政策
の基本。

こうしたことって、Weberが想定した健全な国民経済とは逆な賤民資本
主義の姿そのものなのではないか?
国家的賤民資本主義(W

73:世界@名無史さん
02/06/21 11:53
賤民=パリア 賤民資本主義=パリアキャピタリスム

74:世界@名無史さん
02/06/21 11:59
何だか、はなしがウエーバーの学問内容からそれてきて
いるのではないか??

75:世界@名無史さん
02/06/21 12:03
>74
いや、逸れてはいないと思われ。
市場経済万能主義を唱える連中も、少しはウエーバーを勉強
して反省シル

76:世界@名無史さん
02/06/21 12:08
結局、Weberの提出した問題は、
社会学固有の学問(方法)としては、
デユルケームなどに乗り越えられているとはいえ、
近代の終末をある意味では見通しているのではないか?




77:世界@名無史さん
02/06/21 12:09
Weber=ポストモダン??

78:ものはいいよう?
02/06/21 12:18
>77

 言い方しだいで、誰でも「ポストモダン」になりそうな
気が、するんですけど。

 スペンサーはポストモダンだ。
 (無理かな。でもでも、進化論をこねこねしてなんとか。)
 コントはポストモダンだ。
 (だめか。愛の宗教あたりをこねても?)
 マンハイムはポストモダンだ。
 (こりは、歴然と無理。)
 エドマンド・バークはポストモダンだ。
 (意外と大穴?)

79: モン     テッ     ラ!!
02/06/21 13:46
いやむしろマンハイムだけがポストモダニストかと(w

80:だ
02/06/25 15:34
ヴェーバー、デュルケム、ジンメルの
宗教についての考え方の違いってなに?

81:  
02/06/26 04:03
>>76
Weberの社会学上の問題って、どういう点でデュルケームに
乗り越えれたの? 理解社会学で示された人間の行為と動機
の関係についてですか?

あとWeberの提出した支配の諸形態の中での近代官僚制・家産官僚制
・カリスマ支配の理念型などは、現在でも学問的に有効性をもつと
思うのですけど。
法社会学が宗教社会学についてはよく読んでないので知りませんが・・。






82:あ
02/06/26 04:04
むしろジンメルが乗り越えたという見解の方が・・・
『社会学の理論』浜日出夫

83:81 
02/06/26 04:07
あとそれからWeberの伝記として定評のある奥さんの編集した伝記
は、内容的に信憑性が薄いという議論を最近どこかで読んだけど
確かなのですか?
またどういう点が不備なのですか?
どなたか知っている人説明キボン

84: 
02/06/26 04:11
というか未だにもめてるらしいよ。
weberってちょっとだけ精神的におかしいところあったんでしょ。

85:大澤ペー
02/07/15 15:24
大澤真幸『虚構の時代の果て』は
大澤版プロ倫としても読めてけっこう面白かったデス。
でも、その内容はウエーバーの嫌うディレッタンティズムの典型かと。
ラムプレヒト=大澤真幸。
マックスウェーバーの名の下に大澤犬に喝をばキボン

86: 
02/08/31 16:50
盛り上がるんだ、社会板

URLリンク(vatican.rotten.com)

87:1
02/10/15 00:34
>>42
『マックスヴェーバーの犯罪』

88: 
02/10/24 10:41
ラムプレヒトっていうのは三木清が訳してましたよね。できればどういうことを主張して
いらっしゃるか教えてもらえると幸いです。

89:とらい
02/11/08 01:30
このBBSってわりとまじめに議論やってますね~。
ところで、かの有名な「支配の3類型」って
ウーバーのどの本に書かれてるのか教えてください!
読んでみようと思ってます。

90: 
02/11/08 06:08
「支配の諸類型」だっけか・・・?
スマン、フォローお願い。

91:
02/12/01 12:33
ttt

92:世界@名無史さん
03/01/07 00:59
URLリンク(www.littera.waseda.ac.jp)

93:   
03/01/07 05:31
>>92
アピールか?でも中々興味深い。

94:まじめに
03/01/08 01:15
戦後の日本でマックス・ウェーバーを論じてきた連中は、
プロテスタンティズムの『倫理』と資本主義の『精神』の
内容を、意図的にプロテスタントと近代化(日本の理想)
と同一視しようとしてきた事が多かった。
プロテスタントがあったからイギリスやアメリカは発展した
というわけで、日本も「見せ掛けの近代」ではない「真の」
「市民社会」になるためには、みんな信者にならなければ、な
どと本気で言っていた(大塚軍団)。
これでは社会学でも何でもなくて、単なる宣教。

95:まじめに
03/01/08 01:20
「価値自由」とかいいながら、内実はメロメロの信仰共同体(セクト)。

96: 
03/01/10 17:00
>>93
そりゃそうだが、海外の影響もあるよ

97:世界@名無史さん
03/01/10 21:04
私はキリスト教徒の社会学者が書いた本をいくつも読んだことがある。
当たりまえの話で、ヨーロッパやアメリカの著者の本はほとんどそれ。
しかし、「社会学」の本に自分の信仰について宣伝するのは日本のキリスト
教徒だけだ。
なんだあれは?
マックス・ウェーバーは「世俗化」を「近代社会の運命」と呼んだのじゃ
なかったのか。

98:山崎渉
03/01/17 16:10
(^^)

99:ウェーバー本マニア
03/01/19 23:53
講談社の人類の知的遺産シリーズの62巻、安藤英治さんの『マックス・ウェーバー』は、これまで手にしたウェーバー本の中で最も優れた本だと思うんです。
しかし出版後20年経過していますが、他の人が引用に用いもしなければ学術文庫で再版もされません。何か問題があるんですか?

100: 
03/01/27 15:27
官僚制論って一体何ですか?

101:101
03/02/21 23:10
101

102:
03/03/04 13:07
^ ^;

103:山崎渉
03/04/17 09:53
(^^)

104:山崎渉
03/04/20 04:32
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

105:世界@名無史さん
03/05/06 01:18
「職業としての軍人」


106:世界@名無史さん
03/05/06 13:17
>>99
3月に講談社学術文庫から出版されたな。

107:
03/05/06 13:22
>>97
?


108:
03/05/07 05:23
今話題の理論家と言えば

109:動画直リン
03/05/07 06:21
URLリンク(homepage.mac.com)

110: 
03/05/10 00:38
あの、ちょっとウェーバーについて質問させていただいていいでしょうか。
今、「社会学のあゆみ」という本を読んでいるのですが、
ウェーバーっていう人は、19世紀末の、啓蒙主義が過去のものになった
時代の人だと思っていたのですが、「伝統主義との決別」や「近代化と自立人間像」
といったものがウェーバーの主張として取り上げられていて、なんだか
啓蒙主義っぽい気がするのです。それとも僕の啓蒙主義に対する認識がそもそも
間違っているのかもしれませんが・・・。最近社会学に本格的に興味をもちはじめた
ので、ド素人の質問ですがどなたか教えてください。

111:maeda
03/05/10 00:41
>前田かかってこい!

復唱しよう。

俺は自分より弱い相手としか戦わん。
つうか、さっさとやめろ、宮台。
さっさとやめて、普通に寝たい。
猿、狐猿、デブザル、デブ狐、インテイリもどき、すのっぶ。
小室崩れ、橋爪なりそこね、見田もどき、
文学おたく(システム観、文学だらけじゃねぇか、社会学じゃねぇのか)
漫画おた(漫画は子供が読むものだよ。。。えらそうに語るなアフォ)

元お宅の癖に、お宅馬鹿にする心性ってみすぼらしいぞ。

やってるやつも同類だ、しね、きちがい。


112:すまそ
03/05/10 01:23
ちょいと失礼
どっかにパットナムについて語ってるスレない?

113:maeda
03/05/10 02:42
>前田かかってこい!

復唱しよう。

俺は自分より弱い相手としか戦わん。
つうか、さっさとやめろ、宮台。
さっさとやめて、普通に寝たい。
猿、狐猿、デブザル、デブ狐、インテイリもどき、すのっぶ。
小室崩れ、橋爪なりそこね、見田もどき、
文学おたく(システム観、文学だらけじゃねぇか、社会学じゃねぇのか)
漫画おた(漫画は子供が読むものだよ。。。えらそうに語るなアフォ)

元お宅の癖に、お宅馬鹿にする心性ってみすぼらしいぞ。

やってるやつも同類だ、しね、きちがい。











114:maeda
03/05/10 03:10
>前田かかってこい!

復唱しよう。

俺は自分より弱い相手としか戦わん。
つうか、さっさとやめろ、宮台。
さっさとやめて、普通に寝たい。
猿、狐猿、デブザル、デブ狐、インテイリもどき、すのっぶ。
小室崩れ、橋爪なりそこね、見田もどき、
文学おたく(システム観、文学だらけじゃねぇか、社会学じゃねぇのか)
漫画おた(漫画は子供が読むものだよ。。。えらそうに語るなアフォ)

元お宅の癖に、お宅馬鹿にする心性ってみすぼらしいぞ。

やってるやつも同類だ、しね、きちがい。

115: 
03/05/10 03:13
>「社会学のあゆみ」という本を読んでいるのですが、

女宮台と呼ばれているあゆみさんの本ですね。


116:maeda
03/05/10 03:24
>前田かかってこい!

復唱しよう。

俺は自分より弱い相手としか戦わん。




つうか、さっさとやめろ、宮台。
さっさとやめて、普通に寝たい。
猿、狐猿、デブザル、デブ狐、インテイリもどき、すのっぶ。
小室崩れ、橋爪なりそこね、見田もどき、
文学おたく(システム観、文学だらけじゃねぇか、社会学じゃねぇのか)
漫画おた(漫画は子供が読むものだよ。。。えらそうに語るなアフォ)

元お宅の癖に、お宅馬鹿にする心性ってみすぼらしいぞ。

やってるやつも同類だ、しね、きちがい。









117: 
03/05/10 10:02
羽生さん忘れられた(黙殺)ね

118: 
03/05/10 22:29
>>110
ウェーバーは近代理性の「意図せざる」悲劇的な帰結を
予知した思想家だというのが最近の定説です。
つまり、ナチドイツも近代合理化が徹底されたがゆえに
出現したものであるわけでして。

119:ドラえもん
03/05/10 22:35
薄っぺらな理性の把握をしているから
近代=抑圧なんていえるんだよ。

120:  
03/05/12 21:18
あげ

121: 
03/05/18 01:30
日本の定説???

122:MISAKI
03/05/18 01:41
 
これで凄く稼いでる人がいるのね~。

URLリンク(www3.to)

本気になってやってみよっと。

123:円洸
03/05/18 03:14
これからの高齢化社会、お年寄りのターミナルケアや死後への不安の癒しなど、 霊的レベルの救いはますます重要になっていきます。
今、誰かのために何かできる 僧侶が必要とされています。
URLリンク(www10.ocn.ne.jp)

124:山崎渉
03/05/21 22:00
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

125:m|_8_|m
03/05/25 02:36
age

126: 
03/05/25 21:46
アルフレートは?

127:ヴェーバー
03/05/25 23:32
山之内靖さんの単なる受け売りが何人かいるな…

128:山崎渉
03/05/28 14:54
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎―◎                      山崎渉

129: 
03/06/10 11:30
山之内を褒め称えた姜がわるい

130:  
03/06/10 19:37
マスコミの「盗聴、盗撮」は許されるのか?その8    
URLリンク(natto.2ch.net)   
     
583 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 02/03/05 15:33 ID:A9o87Nml
フジテレビの10時からの番組は、この一つ前の
『どうなってるの』の時からして最悪。私の個人情報を使って、
丸一本「恐怖のサイテー女」とかいった特集を組みやがった。

素人投稿を騙っては、そのもの自体は必ずしも私とは
言いかねるようなものに、同じ名前、同じイニシャルを当てはめたり、
盗聴・盗撮をしているから分かるのであろう様子のほのめかしを
所どころに散りばめては、出演者総出で「サイテー、サイテー」を
連呼していた。

あざとさ極まったことをしながらも、司会者のY・Tと掛け合って、
私の個人情報をボロクソにこけ落としながら大笑いしていた
局アナのN・K(かな?)のけたたましい声が今でも耳から離れない。
仕事だから仕方がないのかも知れないけれど、
ここに出ている者はサイテー最悪の盗聴者。

でもここでの書き込みが筒抜けだからか、
最近は一頃の悪意に満ちたほのめかしが少なくなっている。
しかも明日の項目は「心の~」だって。
       
この枠での私への盗聴ほのめかしは、とりあえずのところ     
「許せない、とんだ賠償請求」みたいな感じの特集が最後となっている。
賠償を意識せざるを得ないほどに、本当はヤバい盗聴・盗撮と、
そこから得られる個人情報の悪用ですものね。


131:  
03/06/21 02:31
羽入辰郎は偉い!!!!!!!!!!!

132: 
03/06/21 08:08
あげ

133: 
03/06/22 02:52
まんせー

134:CC名無したん
03/06/29 01:06
『社会学の根本概念』をドイツ語で読みたいんですけど、
原題はなんですか?教えてください。
Wirtschaft und Gesellschaftのなかに入ってるんですか?

135: 
03/06/29 01:08
そのまんま独訳せいや

136:山崎 渉
03/07/12 12:38

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

137:山崎 渉
03/07/15 12:32

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

138:山崎 渉
03/08/15 19:00
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

139: 
03/08/15 20:12
URLリンク(www.nn.iij4u.or.jp)

140:山田太郎
03/08/26 13:08
マックス・ヴェーバーについて語りたい方は
ここ。
URLリンク(jbbs.shitaraba.com)



141: 
03/08/26 23:14
やばそう

142:厨房
03/08/28 04:00
名前:厨房 :03/08/27 23:23
ヴェーバーって新カント派、つまり論理主義に属する学者に分類されますが、論理主義に対する心理主義からの批判については同思われますか?

ところで1のRageさんは哲版の有名コテハンで阿修羅が心酔していた人と同一人物ですか?



143:消防
03/08/28 08:48
zackってさ、日本は欧米と同じく封建制を経験したから
同じく先進国なんだってさ。
今どきライシャワーの近代化論かよ。50年代ってったら
もう半世紀前だぜ。今ごろ何言ってんだろうね。

144:用防
03/08/28 09:07
じゃあお前の説はどうなんだ?>143

145:_
03/08/28 09:11
近代日本は薩摩が造ったんだよ人工的に、教育環境を整えて、憲法を造って、戦争の指揮をとって・・
別に言う事聞くなら中国人でも良かった


146: 
03/08/29 23:17
公務員になったが、「官僚制」が身に沁みる。

147:マックスヴェーバープラッツ
03/08/30 01:08
>>146
「伝統主義」のほうじゃないの?

148:たろう
03/09/02 23:56
神選びの人?

149:
03/09/03 07:25
>>145
へぇ
ぼく、明治維新は司馬しか読んでないから、よくわからない。。。

150:  
03/09/04 19:56
>>146
ウェーバーが言う「官僚制」ってのは
たんに公務員だけを指しているんじゃないぞ。
近代社会全体の支配様式を意味しているのだ。

151:149
03/09/04 20:35
>>150
うん。
そのウェーバーの『プロ倫』遵守すると、儲かるらしい

152:.
03/09/05 16:41
羽入辰郎『マックス・ウェーバーの犯罪』(ミネルヴァ書房)
どう評価します?

153:ヴェーバーを学ぶ
03/09/23 15:21
ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を理解するためには、イディアル・ティプス(理念型)とヴェルトフライハイト(価値自由)の意味を理解することが大切。
カント哲学の基礎知識も必要。ヴェーバーは新カント派の思想家の一人。カントの『純粋理性批判』と『実践理性批判』はヴェーバーを理解するための必読文献。

154:_
03/09/27 13:20
>>152
すでにその話題は終了
『マックス・ヴェーバーの犯罪』
URLリンク(academy.2ch.net)

155:七試算
03/09/28 04:56
すいません。教えていただけると助かります。

ウエーバーが「官僚制」を提唱したのは何の本ですか?

156:(^^
03/09/28 05:24
>>155

提唱した本はわかりませんが(訳書だと原著の抜粋とかあるので)、「支配の諸類型」(創文社,1970)とか
「官僚制」(恒星社厚生閣,1987)で官僚制について分析しています。手に入りやすいものだと、講談社学術
文庫の「社会主義」の前半部でも官僚制について論じています。

157:七試算
03/09/28 05:37
>>156
ありがとうございます。参考にさせていただきます。

158: 
03/09/28 16:19
>>154
必死だ・・・じゃなくてまあ仕えるとこが仕えるとこだからなあ

159:あ
03/11/01 23:30
羽入先生の研究書増刷したね。

160:Z
03/11/04 22:36
羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの犯罪』(ミネルヴァ書房刊)が
「山本七平(『日本人とユダヤ人』の著者?)」賞を受賞しました。

161:A
03/11/05 00:45
選考委員
加藤寛、竹内靖雄、中西輝政、山折哲雄、養老孟司、江口克彦

162: 
03/11/05 15:03
山折なんて馬鹿選考委員に入れてるからな。こいつヴェーバーの著作を1つ訳した
くらいだろ。

163:Z
03/11/05 19:18
山折哲雄はM.Weberの何を訳したんだろう?



164:
03/11/07 01:31
大学院生じゃないと調べようがないよな。

165: 
03/11/11 21:30
age

166:野次馬
03/11/11 21:32
ちょっと古いですが今年春の東大『経済学論叢』に掲載の、
至る所に下線の引かれた異様な羽入本書評(評者・折原浩!)は必見。
『犯罪』本でウェーバーに失望してしまったあなたに朗報、
折原翁が『マックス・ウェーバー-羽入詐欺師説論駁から』の
執筆を予告しております。いやはや、折原さんの命尽きるまで、
どろどろの論争が展開されることを期待♪

167:ff
03/11/11 21:40


168:マキァヴェリ
03/11/11 21:41
マックス・ウェーバーは
君主論を著したイタリアのおぢさんです

169:野次馬
03/11/11 22:50
ありゃ、過去ログ見てなかったんですけど、折原死亡ってマジ?
訃報記事は新聞でもWEBでも見かけなかったが・・・マジなら野次馬的に
非常に残念なのですが

URLリンク(academy.2ch.net)

170: 
03/11/11 23:22
死人でもドイツ国内での社会学のレベルの急低下をみれば、執筆ぐらいするだろ

171: 
03/11/12 00:34
おいおい。

172:Z
03/11/12 19:52
11月中旬に未来社から、折原浩著『ヴェーバー学のすすめ』が刊行されます。
未来社のPR雑誌「未来」にも、折原氏が亡くなったとは、一切書いて
ありません。全くのデマです。お通やの折、山之内氏が薄笑いした…なんて
よくも言えたもんだ!

173:野次馬
03/11/12 20:22
安心しました。
未来社から出る本が、書評で言及していた反羽入本ということでしょうかね。

174:Z
03/11/12 21:02
↑その広告文に、「~世間に蔓延する悪しきヴェーバー論の風潮を憂慮し~云々」
とあります。

175:Z
03/11/12 21:52
そもそも折原氏と山之内氏は数年前、雑誌「未来」で
くだらん事で、泥試合のような論争をしました。学者
はカスミを喰って生きているのではない事を実証しま
した。
それにしても、カスミを喰って生きている学者がいな
くなったのは、良につけ悪きにつけ、寂しいデスネ。
その後の「マックス・ヴェーバーと近代日本」という
シンポジウム(1999年)では、2人は仲良く話
していました。  
何や?これは!~と思いました。

176:野次馬
03/11/12 22:03
>>174
>>「~世間に蔓延する悪しきヴェーバー論の風潮を憂慮し~云々」
激しく笑わせて頂きました。かなり楽しみです。しかし「悪しき」って。

177: 
03/11/13 06:51
多分「こんなことでは危険だ!」とか書いてあるんだろうなぁ。
別にミサイルとんでこやせんてw

178:Z
03/11/13 21:05
>168さん江
昔々、マキャヴェリの『君主論』を読んだとき、アレッ!これヴェーバーの
『職業としての政治』の真似しじゃないか?!と、一瞬 思いました。


179:Z
03/11/14 18:45
未来社からの返信では、『ヴェーバー学のすすめ』は11月27日に
発売予定だそうです。
未来社のURL=URLリンク(www.miraisha.co.jp)
(折原『ヴェーバー学~』の目次が載っている)

180:Z
03/11/14 21:43
宮台真司は「終わりなき日常をいきろ」という。ハイデッガーは「世界内存在」
(In-der-Welt-Sein)という。どちらも、ヴェーバーの「世俗内禁欲」から触発さ
れた発想ではないか?(同じ実存主義でも、ハイデッガーと対立するヤスパース
は、ヴェーバーの弟子である)
ヴェーバーはプロテスタント。ハイデッガーはカソリック。宮台は無宗教?
宮台が言いたいのは、「何が良いのか・何が悪いのかハッキリしない世界」を生きろ~
と、いう事である。宮台は、Mヴェーバーを念頭においていたのではないだろうか?


181:Z
03/11/15 23:41
かのプロメーテウスが人間のために、天上の火を盗んだが、ゼウスは怒って彼に石
を積み上げることを命ずる。それが崩れればまた積み上げ、永遠に繰り返す(これ
はギリシャ神話にはない~大鷲が繰り返し繰り返しプロメーテウスの肝臓を食ら
うのを、実存主義者がこのように改ざんした)。これを実存主義では美しいという。
これが、終わりなき日常である。
また、ヤスパースは‘実存的人間’として、ヴェーバーをあげている。
(Kヤスパース著『マックス・ウェーバー』創元社刊S25)


182:Z
03/11/16 19:59
目次:ヴェーバー学のすすめ

--------------------------------------------------------------------------------

第一章 基本構想―ヴェーバーにおける実存的問題と歴史・社会科学

 一、職業観問題―神経疾患による挫折と再起の狭間で
 二、実存的原問題と「倫理」のテーマ
 三、自己洞察からヨーロッパ近代の自己認識へ―「倫理」以降の展開
 四、生産的批判の要件を欠く過当な一般化と裁断―「倫理」批判の問題傾向
 五、同位対立と批判黙殺―翻ってヴェーバー研究のスタンスを問う
 六、ヴェーバー研究の二途・「からの道」と「への道」―「への道」の陥穽
 むすび―「夏の虫」は「火中の栗」を拾えるか



183:Z
03/11/16 20:02
目次:ヴェーバー学のすすめ (↑のつづき)


-----------------------------------------------------------------------------
第二章 ヴェーバーの言葉・意味・思想・エートス論―羽入書論駁をとおして

 一、論法と水準
 二、四「問題」の選択規準と所在
 三、疑似問題「唯『ベン・シラの知恵』回路説」
 四、宗派宗教性と訳語選択
 五、ルターにおける思想変化と訳語選択―『コリントI』七章二〇節の意義
 六、疑似問題「『コリントI』七章二〇節訳語の時間的揺れ」
 七、資料種選択と研究能率
 八、生硬な二項対立図式
 九、一挿話―パリサイ的原典主義の反転/回帰
 一〇、疑似問題設定の代償―全業績の批判的継承への道を閉ざす
 一一、資本主義の「精神」は、功利的処世訓か、それとも倫理/エートスか
 一二、資本主義「精神」の独自性―営利追求そのものの倫理的意味づけ
 一三、功利主義への転移傾向と純然たる功利主義―キルケゴールを越えるヴェーバー
 一四、「カルヴィニズムの神」の歴史的特性
 一五、没意味文献学と petitio principii の創成
 一六、「フランクリン研究」と暫定的例示手段
 一七、「一文書資料」引用の前提
 結論

 注

 あとがき



184:Z
03/11/17 21:00
大塚久雄氏は、階級としての近代的なブルジョアジーは、ただ、西ヨーロッパ
(Occident)においてのみ生まれた。だから、階級としてのプロレタリアート
も、ただ、西ヨーロッパにおいてのみ生まれた~という。
だから、「資本主義の精神」とは、資本家~ブルジョアジーのエートスだけで
なく、労働者~プロレタリアートのエートスも、そこに含まれているという。
ただ、重要なことは、(私が思うには)その労働者階級のエートスとは、
マルクス=レーニン主義的なそれでなく、英国のフェビァン主義的なもの
ではないか?


185: 
03/11/18 03:03
折原書評眺めてみた。
羽入「唯『ベンシラ』回路説」への批判はそれなりに納得いったけど、
フランクリンの引用操作についての折原による擁護論はちょっと苦しいかな~という印象。
当方素人につき印象批評のみで申し訳ない。
ウェーバーやってる院生さんなんかの意見が聞きたいです。

186: 
03/11/18 09:50
ラテン語できないとなあ。
まあラテン語できねえ奴はヴェーバー読むなってこった

187: 
03/11/18 21:23
いや、別にラテン語読めなくてもウェーバーは読めるが・・・

188:内舘牧子
03/11/19 01:30
いま、賜杯の社会学を勉強してます

189:負けぼの
03/11/19 12:52
>>188
やっぱりカリスマ賜杯じゃないとイマイチ人民は納得しませんよね、先生。

190:Z
03/11/20 10:19
☆<188 Makikoさん江
Typen der Herrschaft?~スゴイ!


191:Z
03/11/20 21:24
雁須磨的賜杯より電燈的賜杯の方が安定している。雁須磨は不安定でドンデン
返しが起こりやすい。ヨーロッパでは、ピピンから封建社会が1000年近く
も続いたではないか!(近代)資本主義はせいぜい、未だ300年!


192:Z
03/11/20 22:57
ヴェーバーの軽率というより、‘焦り’だが、それは再びかの極度の「神経症=
精神病」(ヴェーバー家系の唯一の欠点はそれであった)に襲われはしないかと
いう不安である。だから、正常なときにあらゆる事をこなして置かねばならな
かった。しかも、第一次世界大戦ドイツ敗戦の直後である。講和条約の委員に
もなっている。国内では左右の対立が激しくなって来た。彼は八面六臂の活躍
をした。その合間にミュンヘン大学での学究生活があった。(マリアンネ夫人
の『Max Weber Ein Lebens-bild』を読め)羽生氏も含めて日本の多くの学者
のように、のんべんだらりと学問に携わっていたのではない。羽入氏のような
揚げ足取りをすれば、『プロ倫』だけでなく、『経済と社会』その他『宗教社会
学論集』などなどにも同じことが出てくるだろう。
ヴェーバーの「同時代」を考えろ!!



 


193: 
03/11/21 00:16
>>192
はにゅー氏は「そんな忙しいときに、他にいくらでもやることがあるだろうに
なんでよりにもよって『プロ倫』の改訂なんかやってたの?資料操作にやましい
ところがあったからなんじゃないの?」という突っ込みを入れていたと思います。

194:Z
03/11/21 23:15
ヴェーバーも確かに軽率というより、焦っていたところはあった。しかし、フランクリ
ンはプロテスタントのキリスト教徒だから、何かにつけて、聖書からの引用はする。~
当然のことだ。(クリスチャンでない=無宗教の僕も、ヨク聖書のコトバを引き合いに
出すことがあります。)聖書を引用したからとて、その文に宗教的敬虔がにじみ出てい
る~引用しないからとて、宗教的敬虔からフリーである・・・なんて論法はナンセンスで
ある。ヴェーバーは、フランクリンが、個人としては敬虔なカルヴァン派であり、職業
人としては優秀な企業家であるからこそ、彼の文章を引用したのだ。彼は一筋縄では
いかない人物だが、決して二重人格でもなければ、偽善者でもない。わが国でいえ
ば、幸之助さんか本田宗一郎のような人物だろう~と思う。雷雨の日に凧を揚げて
雷を捉えるなんて、よくも感電死しなかったものだ。ところが彼はなんとその後で、避
雷針を発明して大儲けをした。印刷業では、『貧しきリチャードの暦』などを刊行して
いる。幸之助さんのPHPのようだ。
『自伝』では、宗教的なものが前面に出てくるだろうし、『若き職人への助言』
や『富まんとする者への指針』では、合理的・経済的な、あるいは功利主義的な
ものが前面に出てくるのは当然である。しかし、これらは同一人物の著作であ
ることを羽入氏は念頭にないのだろうか?~不思議でさえある。
「致命的」欠陥だの、彼にやましい所があった云々・・・というのは、羽入氏の個
人的な勝手な解釈で、自己の‘揚げ足取り’を正当化しているに過ぎない。(但
し、『~の犯罪』の第1章と第2章については、私は論評する能力はないから別
だが・・・)
また私は、今までの「解釈学的ヴェーバー学(only)」にも反対です。
解釈学は解釈学で躓く。羽入氏は、それに警鐘を鳴らした意味で、存在価値を認
めるにやぶさかではありません。
11月27日に発売される折原氏の『ヴェーバー学のすすめ』が楽しみです。


195: 
03/11/21 23:49
折原なんて典型的近代主義者の本を
今頃真剣に読む香具師いるのか?

196:
03/11/22 12:00
パパのほんをぼうやたちが買わないわけなかろう

197:校長が強盗
03/11/22 18:47
この事件は報道されていません。教育委員会も校長を処分しません。
 皆様の力でこの事件を広めてください。
被害者先生のサイト
 URLリンク(www.geocities.co.jp)
 事件究明を求める署名サイト
 URLリンク(chiba_273.at.infoseek.co.jp)
   ∧_∧
  (  ^^ )< ひろめよう
ここはまじめなサイトです。事件をひろめるために
 このコピーをあちこちにはってください。<(_ _)>

198:K
03/11/23 00:49
ウェーバー研究者は転身?
羽入辰郎の「ヴェーバーの犯罪」の衝撃はちょっとやそっとではおさまりません。
事実でもってウェーバーが学者として失格であることを天下に示したといえるで
しょう。かくいう私もずっとウェーバーに執心してきましたが、きっぱり縁を切る
ことにいたしました。
私はまだ若いのでいいですが、何十年かをウェーバーに捧げてきた研究者のみなさ
んはどうされるの心配です。Zさんのようにまだまだご執心の方もおられるようで
すが、そのうち教わりにくる学生がいなくなれば自然と失職することになるでしょ
う。早めに転職先を探されたらいかがですか。

199:Z
03/11/23 10:49
<<198さん江
ご進言、ありがとうございます。そやけど
Mヴェーバーは、女性スキャンダルを起こして落選するような副総裁
とは、違うでェ。長嶋茂雄じゃないが、ヴェーバーは永遠やでェ。
(もっとも、ヴェーバーとて人の子やから、スキャンダル[女性の]もあるが・・・)

200:Z
03/11/23 10:55
『~の犯罪』第4章で、羽入氏は適切な比喩を出している。即ち、河の両岸から橋
をかけて行き、中央で結合する・・・・。この河の中央上で橋を結合する役目がフランクリ
ンである。だから彼には、A(ピューリタニズムやカルヴィニズム)と同時に、B(功
利主義的思想)が共にあるのは当然である。それを羽入氏は、『自伝』や『若き職人へ
の助言』・『富まんとする者への指針』に、AやBがあるの・ないの~と、自分勝手に
ハードルを設定して、どうのこうのと言うのは筋が通らない。
フランクリンの『自伝』は、古今東西の自伝の白眉であるから万人が読んでいる。(私
もプロ倫以前に読んだ。~フランクリン少年が、コッペパンを齧りながら街を歩いてい
るのを、二階から一人の少女が眺めて、なんと奇妙な子が歩いているわ、と思ったそう
だ。その少女が、後にフランクリンの奥さんになるのだが・・・)
だのにこの百年間、『プロ倫』にかんして問題が出ていない。羽入氏はヴェーバーの魔
術にヴェーバリァンが罹っているというが、彼こそ自己麻酔にかかっているのでは?

以前、別の2ちゃんねるにも書いたが、Kマルクスは『資本論』劈頭の第1巻第1章
第4節:商品の物神性とその秘密で“商品生産社会に最も適した宗教は、抽象的人間を
神と崇めるキリスト教。なかんずくプロテスタントである”と言っている。ヴェーバー
がそれを知らなかったはずがない。プロ倫の半世紀も前である。
(以上、『~の犯罪』に関するファイナルアンサーとします)



201:Z
03/11/27 19:56
上記の、マルクスの文章を正確に訳せば、下記の如くです。
(Kマルクス『資本論』長谷部文雄訳)

“‥‥かかる商品生産者たちの社会にとっては、抽象的人間を礼拝するキリス
ト教が、ことにそのブルジョア的発展たるプロテスタント・理神論などとして
のキリスト教が最もふさわしい宗教的形態である‥‥”と。

202:Z
03/12/02 17:57
『折原浩の弁明』~=『ヴェーバー学のすすめ』  書店へ
来た・見た・買った
そして読んだ。 意を強うした。(僕の考えと同じ) 賽は振られた。
『羽入辰郎の犯罪』 今度は羽入氏が弁明する番。


203: 
03/12/03 06:37
もしも、折原反論が正しいのだとすると、一番馬鹿を見たのは、最晩年になって
全人生をかけて打ち込んできたウェーバーに裏切られたと感じながら死んだ
安藤英治先生ということになるが・・・

204:
03/12/03 10:18
安藤先生が亡くなられたのは5年前(1998年)でしたね。

205:Z
03/12/03 11:59
折原さんが正しいかどうか、まだ即断は出来ないでしょう。
折原さんも、これで終わってはいない~と、言っていますから。

206:Z
03/12/03 21:03
一次資料と二次資料について。
ヴェーバーや大塚久雄氏は、主として二次資料を使った。
全て一次資料だけで、いかにヴェーバーとて、あれだけの業績を
仕上げるのは無理だ。かつて、貝塚茂樹博士がヴェーバーの使
った東洋に関する二次資料(ヨーロッパの東洋学の学術専門雑誌)
を調べたところ、ほとんど正確だった、との事である。もっとも、
二次資料と言っても、他人の著作の「孫引き」という意味では決
してない。三~四流学者じゃないのだから。


207:ヨシュア
03/12/05 21:34
羽入さんは基本的に「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を誤読しています。
誤読の上の虚構の問題(疑似問題)を創作し、そしてそれを破壊して、ウェーバーをやっつけたように得意がっていると思います。

208:Z
03/12/06 00:50
羽入氏は、「プロテスタンティズムの倫理」と「資本主義の精神」とが密接に
関係があるという、ヴェーバーの根本理論に対して、賛成とも反対とも言って
いない。
羽入氏の言いたいことは、「そんな事どうでもよい。ヴェーバーの『プロ倫』
は学問的に‘詐欺’だ!」~ただ、それだけが言いたいのです。そうとしか
考えられません。
しかし、今日まで『プロ倫』批判をした学者は、この二つの関係を論述して
いるのです。そこが羽入氏と他の学者との違いです。
Wゾンバルトは『ブルジョワ』で、(近代)資本主義を生み出したのはカソリ
ックだと言っています。
このような点が、羽入氏に対し違和感を持つわけです。
だから羽入氏は、ヴェーバーの資料操作の誤り(但し羽入氏から見ての)を基
に、“再構築”をして見せるべきなのです。彼はそれを一切せず、ただ犯罪だ
の、誤魔化しだの、ヴェーバーは詐欺師の顔をしているだのと、言っているだ
けです。
私が羽入氏に尋ねたいのは、「そやから、どぅやねん?」です。

209:考える名無しさん
03/12/06 04:45
岩波新書は山之内靖「マックス・ヴェーバー入門」絶版にして、
青山秀夫の「マックス・ウェーバー」を復活させてくれ。
ポストモダンの解釈はもう飽きた。

210:ヨシュア
03/12/06 19:58
羽入氏の誤読の第一は文献学と社会学の混同です。羽入氏は社会学の方法を全く理解していません。
もし、文献学が一次資料を中心に扱うのなら、社会学は二次資料で満足せざる終えない学際科学です。
次に、羽入氏は理念型というもの根本的に誤解しています。彼には真理を理念型によって見る感受性が全く欠けています。
折原氏が指摘する如く、羽入氏はフランクリンにおけるエートス(倫理的生活態度)と功利主義的見解を混同しています。
さらに、羽入氏には「宗教的生命」と「宗教的生命を失った化石(死骸)」の区別が理解できていません。
これも折原氏が鋭く指摘しているように、フランクリンの神は決してカルヴァンの神ではありません。
フランクリンは預定説を受け入れることができなくて長老派の信仰を離れ、理神論者となったのです。

211:まるまる
03/12/06 20:17
ウェーバーの「プロ倫」は、はっきり言って思いこみの産物だろ。
まあ思いこみっていうか妄想というか、
しかしそれを宗教思想と結びつけて、もっともらしい理論に仕立て上げた
というところが、頭でっかちの学者には受けたんじゃないかな。

そういう評価が欧米では一般的になってると思うが、
大塚っていうウェーバー信者が学会のボスだったから
「裸の王様」よろしく、日本の学会ではそういう批判が通りにくかった。
それで、羽生が「ウェーバーの犯罪」で猫に鈴つけたということじゃないの?

だから、この本の日本の学会での意味は
ウェーバー批判じゃなくて大塚グループ批判ということで、
それに対して大塚グループ代表として折原が反論したと見てるんだけど。


212:まるまる
03/12/06 20:18
まあオレは社会学界とは無縁だから、
見当違いのことを言ってるのかも知れないけどね。

213:魏伝図
03/12/06 20:47
>>211
難しいのだが
>欧米では一般的
ということは無いように思われる。

おそらく、ヴェーバーが考えていたよりも
事態はもっと複雑だった、というのが現在の
一般的な認識では無いかな。

いずれにせよ、ヴェーバーが切り開いた領野を
ヴェーバーを越えて後続の研究者が踏み進むのは
好ましいことだとは思う。

が、どうも羽入氏の著作はあまり生産的では無い気がするね。
読んでないから何とも言えないが。

214: 
03/12/06 23:36
以上折原ゼミ出身者総出でお送りしました。

215:まるまる
03/12/06 23:49
>>213
>いずれにせよ、ヴェーバーが切り開いた領野を

そうかねえ。学問の流れとしては
不要な脇道にそれただけ、という気がするが。

216: 
03/12/07 00:32
>>211
折原と大塚は別に仲良く無かったんでは?
まあ同じ岩波文化人と言ってしまえばそれまでだが、
プロ倫大塚訳の問題点をいち早く指摘していたのが折原だったりする。
専業ウェーバー読みとしては、大塚訳の過剰な読み込みには納得いかない
ところが多々あるだろう。無くなった安藤さんとかもね。
折原を大塚派にくくるのはかなり違和感がある。

217:Z
03/12/07 23:56
羽入氏は、系統上は大塚氏の孫弟子に当たります。

218:208
03/12/08 00:30
責任取らず自由に発言できる + 体制がチェックを入れる意味を感じない場所 = 隔離場だから。
>>99 の趣旨に近い。

219:
03/12/08 01:38
2004年カレンダー、注文受付中。
URLリンク(www.tcn-catv.ne.jp)

220: 
03/12/08 07:47
>>218
学会がってこと?まあそうだけどさあ・・


221:Z
03/12/08 18:04
<<213さん江
珠玉の小著『ウェーバーの思想における政治と社会学』
(未来社刊~我が本棚に在り)を、早速、読んでみます。
しばらくお待ちください。


222:Z
03/12/08 19:30
今、フッと思いついたのだが、今のうちに一本‘釘’を刺しておかないと、
このスレが崩壊することがある。それは、吉本隆明が言った「共同幻想~
(対幻想・自己幻想」というコトバである。安直にこの言葉を持ちだすと、
ディスカッションは無意味となる。あくまで具体的なデータを基礎にして
この言葉を使うべきだと思う。(どなたか使いそうな気配がする...!)

223:@
03/12/10 22:35
URLリンク(www.j-n.co.jp)

224:Z
03/12/11 21:51
マックス・ヴェーバー擁護 第二弾。
未来社のPR誌『未来』2004年1月号は、Mヴェーバー特集号となります。
乞うご期待!!
併せて、今月中に、ヴェーバー学者:住谷一彦氏の『日本を顧みて』(仮題・
予価\3,200-)が刊行されます。
彼はパイプをくゆらすダンディなヴェーバリアン。60歳台にしかみえない。
(最低10歳は若く見える)


225: 
03/12/12 06:03
>>222
確かにデータを用いない議論など、19世紀以来人間社会では主流じゃなかったしね。

226:Z
03/12/15 23:50
わが国の巷間では、民主主義はなんだか「最高目的」の如く考えられているが、
民主主義は一つの技術(テクニック)であり、目的に対する一つの手段である
に過ぎない。
“何事も平和的に、話し合いで、民主主義の原則に則って・・・”こう言っておけ
ば、無難なのが日本の言論界である。「雨が降る日は天気が悪い」というに等
しい。Mヴェーバーの、最も嫌うせりふである。



227:ななしさん
03/12/16 21:24
2004年1月号(今月号)の『Voice』誌に羽入さんが出てるわ。
みんな見た見た?

228:Z
03/12/17 20:47
そのうち羽入氏は、1.5流大学の正教授になるだろう。

229:Z
03/12/18 23:25
日本も、やっとイラクへの自衛隊派遣が決まった。今年中に「空自」が50人、
来年2~3月に陸自が4~500人。それも、恩にきせがましくしてこれだけ。
韓国は二千人に、追加三千人。Mヴェーバーが生きていれば笑うだろうナ。

230: 
03/12/19 11:51
>>229
むしろ、

>>そのうち羽入氏は、1.5流大学の正教授になるだろう。

みたいな発言のほうを笑うのでは・・・あなた何様ですか?

231:Z
03/12/19 23:47
>>230さん江
『国民国家と経済政策』を書いた人物の生まれ変わり。

232:   
03/12/20 02:13
クンコ学しかしてないに社会科学と勘違いしてる馬鹿っていいな。

233: 
03/12/20 16:31
>>231
そうですか。かたや齢三十で一流大学の正教授、かたや2ちゃんねるの固定、
なんとも不遇な時代にお生まれになったものですね。

234:Z
03/12/20 20:13
カルヴァンの「予定説」だから。仕方おまへんなァ。

235:  
03/12/21 12:18
>>234
キリスト教だったら「生まれ変わり」はねーだろー、と無粋なツッコミ。

236:Z
03/12/21 23:10
>>235 さすが鋭い!
 ところで今日、PHP発行「Voice」04’1月号を買ってきた。
羽入氏の‘山本七平賞’受賞には、あえて反対はしないが、選者(6人)の
選評を読んでがっかりした。確かに彼等は学生時代に「プロ倫」を読んだ
であろうが、なんだか趣味会のミステリー賞でも出すような選評だった。
所詮、大塚久雄を頂点とするわが国のヴェーバー学へのルサンチマンでは
ないか? 選者の一人は、はっきりと大塚氏の名を挙げている。こんな選
評では、羽入氏も不満ではないか?



237: 
03/12/21 23:28
>>236

山本七平賞ってのが笑えるw

んで、このコメントも笑える

>著者の論考が誤りであることを証明したいなら、同じ手続きを踏めば
いい。評者にはもちろんそんな暇はない。したがって当面、それがいか
に破天荒なものであったとしても、著者の結論を素直に受け入れるしか
ない。

をいをいw


238: 
03/12/21 23:36
うーん、今後、この論争がどう推移するにしても、
たしかに山本七平賞って、羽入本にはうってつけですよね。

ところで、この賞をもらった羽入さんは、はたして嬉しいんだろうか。

239:a
03/12/22 10:33
凄い羽入爆弾。
ヴェ-バー産業壊滅。

240: 
03/12/22 19:14
>>238
折原さんはすげえ喜んでたよ。これでつけいる隙ができた!とかなんとかいってさ

241:Z
03/12/22 20:16
キリスト教の「復活」と、ヒンズー教の輪廻による「生まれ変わり」~
三島由紀夫の『豊饒の海』のそれと、どう違うのか?
また、ギリシャ神話における‘メタモルフォーゼ(変身)’~かつて子供が
ヘンシーン!と言って遊んでいた変身など、この三つの関係は?
それと両性具有(アンドロギュノス)は?
誰か「宗教社会学」(エリアーデでもよい)から解明してくれないかなァ。

242:235
03/12/23 12:43
>>241
「宗教社会学」8-9節ですね。
もっとも、ウェーバー自身にとってこの章は「恩寵状態の確証」という
キーワードを持ち出すための前振りですが・・・。




243:235
03/12/23 13:32
(11節の)

インドにおける輪廻思想が、下層民に来世の上昇を約束することで
現世のカースト秩序を強化しているのに対して、

中世キリスト教における救済論は、現世の身分秩序を
楽園=彼岸に持ち込むから、民衆を現世秩序に従わせるには十分でない、



ここらへん、なんか説明に無理があるような気がする。





244:Z
03/12/23 23:07
新約聖書マタイ伝第5章=「悪しき者に抵抗(てむか)うな。人もし汝の右
の頬を打たば、左をも向けよ。・・・」

マックス・ヴェーバー=「悪しき者に抵抗え。さもなくば、汝は悪の共犯
者と呼ばれるであろう。」

心情倫理(この場合は‘信条[教条主義]倫理’ではない)と責任倫理の違
い。

イラク戦争に自衛隊を派遣する一つの根拠~?

245:
03/12/24 06:28
いやここでルターを読んでないことの証明をしなくても・・・^^;

246:Z
03/12/24 20:34
ルターは最後になって、ヴァチカンに対し“自己の考えを放棄する”と、懺悔
したのである。



247:えっ
03/12/25 06:44
じゃあ廃人だね

248:Z
03/12/27 00:30
勿論、放棄したと言っても、百年後のガリレオ・ガリレイ裁判と同じで、
「それでも地球は回る...」である。

249:Z
03/12/29 00:47
☆ 資本主義は「システム」か「精神」か?

精神派=Mヴェーバー・JMケィンズ・Fブローデル
システム派=Kマルクス・Wゾンバルト(多分?)

マルクスは資本主義をシステムと見ていたに違い
ない。『資本論』がそうである。しかし、彼は共
産主義という言葉は使っているのに(『共産党当
宣言』~「ヨーロッパに幽霊が出る。共産党主義
という幽霊である。」)、資本主義というコトバ
は一切使っていない。これは今でも私にとって疑
問である(誰か教えていただきたい)。
ところで、スキデルスキーの『JMケィンズ伝』第
2巻:“The Economist as Saviour”に、「彼は
資本主義を精神と観ていた。しかし、彼は恐らく
Mヴェーバーを読んでいなかったであろう」と書
いてある。


250:gai
03/12/29 00:57
昔駒場で折原ゼミなるものに出席したことあり。
陰気な印象の人だったが今も同じかな?
マージナルマンだったけ。たいしたことない理屈。
で今までずっとウェーバですか。アホかいな?
自分の足で立ちなさい。と思ったりもした。
それで折原先生に従う人たちに聞くけど折原理論っていうのは
ドイツでどんな評価なの?それを教えて。

251: 
03/12/29 15:49
>>249
ウェーバーは、資本主義に適合的な「精神」と、
システムとして出来上がった資本主義は区別してるんじゃないの?


252:Z
03/12/31 15:36
この一年、色々とご教示いただきまして有難うございました。
皆様、よき新年をお迎えください。 来年も大いにがんばります。
もちろん、「ヴェーバー」のみで全てが解き明かせる~なんて、決して思
っていません。(かつての、教条主義的マルクス主義者のように・・・)
あくまで、ヴェーバーは‘手掛かり・足掛かり’です。
サラブレッドの馬でも、時たま、野生馬の「血」を注入(交配)しなけれ
ば、退化するそうですから。  ~解釈学からの脱却を!!~



253: 
04/01/01 08:57
>あくまで、ヴェーバーは‘手掛かり・足掛かり’です。
あなた教条的マルクス主義者の言ってたこと知りませんね?学部生ですか?

254:Z
04/01/01 17:14
>>253 あなた教条的マルクス主義者の言ってたこと知りませんね?

あなたこそ、ご存知なら具体的に教えてくださいナ。

255:Z
04/01/05 20:49
同じ宗教社会学でも、ヴェーバーとエリアーデはどう違うのでしょうか?
ヴェーバーでは「達人宗教・紹命宗教」がキーワードですが、エリアーデ
はどうでしょうか?ご教授ください。(岩波の『哲学・宗教事典』では、簡
単過ぎて解らない)

256:おp
04/01/05 20:55
URLリンク(www.gabean.com)

257:Z
04/01/05 22:56
『哲学・宗教事典』でなく、『哲学・思想事典』でした。マチガイ~スマン。

258:Z
04/01/07 20:49
☆達人宗教=ヒンズー教・仏教・儒教・道教~これらを「Will」の宗教という。
☆詔命宗教=ユダヤ教・キリスト教・イスラム教~これらを「Shall」の宗教という。

259:にゃうにゃう
04/01/08 02:25
「マックス・ウェーパーの犯罪」をさらっと読んでみましたが、別に何の感慨
もなかったですね。

ウェーパーを悪魔と呼ぶ著者のロジックは錯綜してますが、まとめると以下です。

 1 ウェーパーは資料を意図的に操作していた。
 2 従って、ウェーパーは知的に誠実でない
 3 従って、知的に誠実でないウェーパーが書いた理論は全て間違っている。

骨子は、単なる人格攻撃でした。
実際読めば分かりますが、悪魔だの、老獪だの、ずる賢いだの言葉が連呼され
てます。そんな論文がまともだと思います?

裁判では「主張」と「立証」が別れており、「主張」で最終的な結論までのロジック
を固めて、事実がそのロジック通りであることを「証拠」を提出して「立証」する。
最終的な結論までのロジックがへぼだったら、「立証」なんてそもそも問題になら
ない。

その立証も、彼の立証が功をそうしているのは「二つ」の点でウェーパーの資料の
引用に誤りがあったというだけある。それが意図的であるか否かは分からない。
著者は意図的であると推測しているが、合理的疑いを入れる余地がないほどには、
立証に成功していない。つまり、ロジックの1でつまずいている。

基本的に、議論にあげる価値はないと思いますよ。

260:にゃうにゃう
04/01/08 02:26
もう一つ。

わずか二つの点で資料の引用に誤りがあったという点で論文を発表する奴もどうか
と思いますが、それに過剰反応してしまうのは、ウェーバーの理論が「定理」として
受け止めてられていたことの裏返しですよね。

社会理論において、完全無欠の「定理」なんて有り得ません。

だけど、モデル理論の批判というのは、それと矛盾するモデルを作ってそちらの方が
現実に即していることを証拠をあげて立証するか、より一般的な包括理論を提出する
ことだと思うんですよね。

我々がウェーバーの理論を「定理」と受け止めるのは誤りですが、だからといって、
この本の著者は批判の仕方が誤っており、ロジックもへぼい。

しかし、著者は主張、ロジックが一貫していないので、ウェーバーの理論を「定理」
として受け止めるのは間違いだという一般的で当たり前の主張と、ウェーバーはヘボ
だという主張を等価として扱っている。まとめると以下です。

 主張A = ウェーバーの理論は「定理」じゃない = ウェーバーはヘボ 

ウェーバーの理論は「定理」じゃないない(真)なので、主張Aは正しく、主張Aが
正しいので、ウェーバーはヘボ(ヘボはお前じゃ)というロジックを平然と振り回
しておられる。

よく茶者の言っていることを検証せず、ウェーバーの理論は「定理」じゃないから、
この著者の言っていることは正しいと述べた奴は猛省して欲しい。

261:(ナツ)
04/01/08 03:06

>>260

ややさん,一つでも反証があったら間違いなんじゃなかったんですか?

262:
04/01/08 17:26
マックス・ウェーバーの呪縛だな。
冷静に考えれば、「プロテスタンティズムの精神が資本主義を生んだ」
なんてわけねーじゃん(笑)て感じだし、
本だけを読んでもずいぶん苦しい論証をしているという印象だ。
それが事実誤認に基づくものだったら話にならないんだが。

にもかかわらず今だにこの説が生き残ってるのは
思想好きの人間に訴えかけるからなんだろうね。
「おお、経済活動も思想に支配されているんだ
 うんうん、やっぱり思想というものは大事なんだ」
と自己完結するにはもってこいの学説というか…


263:にゃうにゃう
04/01/09 01:11
>>261
全然、そんなことはないですよ。

例えば、ある人が殺人を犯して、刑事が立証するとしましょう。
血痕と凶器と証言と自白を検察官が証拠としてあげたとしましょう。

そのうち、血痕だけが弁護側から崩されたとしても、残りの証拠で
立証できる可能性は充分にある。

すでに述べたように、論理を組み立てる段階とそれを事実から基礎
づける段階は分けて考えて下さい。

論理を組み立てる段階で論理的矛盾があればそれは問題ですが、
事実認定がひとつひっくり返ったからといって、たいした問題じゃ
ない。

264:?�_?�v?�C?�_?�v?�C
04/01/09 01:13
>>262
別のスレで書いたのを、そのまま持ってきます。

ウェーバーは「新観念史観」という見方を打ち出したと 言っていい。

ヘーゲルが「観念史観」、つまり、人間の精神活動に基づいて歴史が発展していくと
い考え方を打ち出し、その後、マルクスが「唯物史観」を打ち出した。
「唯物史観」においては、人間は一個のものとなり、物理の法則のように動作する
対象として扱われる。

ウェーバーは「新観念史観」は、この二つを包括するものと言って良い。

即物的なものも人間の行動を規制するが、観念(倫理)も人間の行動を規制し得る。

経営者が数字とにらめっこして経営方針を決定することもあれば、信念に基づいて
打算を超えて意志決定することもある。

ウェーバーの見方って、現実に即していると思いません?

思想によって「も」人間の行動を規制されるということを言っているだけで、
人間が功利的に行動することを否定してません。

265:Z
04/01/09 01:22
 未来社PR誌「未来」1月号に、折原浩氏・橋本努氏が執筆しています。
 折原氏の反論は、『ヴェーバー学のすすめ』に書かれていますからここでは述べていません。
氏が懸念しているのは、ヴェーバーは勿論の事、羽入氏の『~犯罪』すらも読まずに、単に
週刊誌的な風潮に惑わされて、ヴェーバーを‘こうだ’と決めてしまうことです。今の大学
機構にも問題があると指摘しています。それと、節度(羽入氏の)の問題です。
 橋本氏は、羽入氏が一つの警鐘を鳴らしたことは認めても、折原氏の反論を根拠に、“木を見
て森を見ざる”論法を指摘しています。結論として、羽入氏の一つ一つの指摘は事実としながらも、
ヴェーバーの根幹のテーゼには何ら影響はないとしています。特に第3章と第4章のアンチノミー
を述べています。
 要するに、フランクリンから‘プロテスタンティズムと資本主義の精神の関連を引き出したのではなく、
その関連の肉付けとして、フランクリンを挙げているのであって、彼とてそんな完璧な人物ではないのです。
彼も一人間である以上、当然のことです。

266:(ナツ)
04/01/09 01:32
>>263

自分で覚えておいたら?

267:Z
04/01/09 01:34
おそらく、羽入氏は再反論はしないでしょう(出来ないだろう)。もし、羽入氏に‘再反論’の
意思があるのなら、「未来」誌は無条件に掲載する度量があってもよいでしょう。それを期待
して・・・。

268:にゃうにゅう
04/01/10 01:09
Zさん

>資本主義は「システム」か「精神」か

という点ですが、ケインズは、少なくとも、システムの側面があると見ていたと
思いますよ。

ケインズの「自由放任の終焉」という小論では、資本主義は常にメンテナンスが
必要な機構であるということを述べています。メンテナンスを行う人は当然、
資本主義の精神が必要なので、この点では精神とも言えますが、同時に、対象
となる機構でもあるわけです。

なお、ケインズは絶対ウェーバーを読んでないと思います。
英国とフランスの文献は大量に読んでいたらしいですが、ドイツの文献は
全然読んだことがない人のようです。

269:Z
04/01/10 02:49
>>にゃうにゅう さん、ご指摘有難うございます。これからもヨロシク。


270:れい
04/01/11 23:54
質問なのですが、マックス・ウェーバーとW・W・ロストウの発展段階説の比較についてお分かりでしたら教えてください。

271:Z
04/01/13 19:38
☆WWロストウ(1916~)の発展段階説は、

1)↓伝統的社会
2)↓離陸のための先行的条件
3)↓離陸(Take-off)=イ)投資率の著しい上昇と持続  ロ)工業部門の急速な拡大
          ハ)農業生産性の急上昇
4)↓成熟への前進
5)高度大衆消費時代  に分けています。[岩波『経済学辞典』(大阪市大経済研究所編)より]
しかし、彼の理論は1950~60年代のものであり、旧ソ連を5)としたり、IT情報革命を見込んでいない。(ベルリンの壁崩壊以前だからしかたない)
Mヴェーバーの正統性(カズイスティーク)は発展段階説ではない。また、Fブローデルの3階建てもそう(1F=物質・2F=交易・市場・3F=資本主義)。


272:おp
04/01/13 20:13
★2ちゃんねるオマンコ情報★今がチャンス★
URLリンク(www.megabbs.com)

273:にゃうにゃう
04/01/14 01:44
Zさん

プロバイダー規制で返答が遅れましたが、こちらこそよろしくお願いします。

274:Z
04/01/14 22:58
 一昨日「ラストサムライ」(米)を観てきた。面白かった。梅田の書店には、
新渡戸稲造著『武士道』(岩波文庫)が店頭に横積みされていた(その横に「新
撰組」の本も並んでいた)。
 それで思い出したが、第一次世界大戦が終わった直後、文芸評論家の亀井勝
一郎がドイツに行ってMヴェーバーとあっている。その時、ヴェーバーは亀井
に“今次大戦での日本軍のドイツ軍捕虜への対応が、「騎士道精神」に適って
いた”として、深く礼を言ったそうだ。これは、ヴェーバー学者:住谷一彦氏
から聞いた。(シムポジウム「マックス・ヴェーバーと近代日本」1999年)

275:Z
04/01/17 23:34
Mヴェーバーが、かの神経病から回復する頃、そしてその回復も兼ねて、アメリカ大陸を旅行した。
20世紀の初頭である。そしてアメリカの大学を回り、驚いた。彼は、「アメリカの大学は企業で
あると言った。
プロイセン官僚システムの手中にある、ドイツの大学~その行政と比較して、驚いたのである。
大学教授にも、市場原理(競争原理)が貫徹することを目の当たりに見た。
彼の“価値自由論(Wert-freiheit)”は、先ずもって、プロイセン官僚の大学支配に対する反論として生まれた
のである。
ところで、成蹊大学の竹内靖雄氏は、「環境問題にも市場原理が貫徹する」と言っている。
巷間では、一般に環境と市場は対立すると見られている。この問題を理論的に証明しなければ・・・
(論理整合性として)。

276:中葉
04/01/19 09:28
すでに議論されていることかもしれませんが、「プロテスタンティズムの
倫理と資本主義の精神(岩波文庫)」の終わりに近いp.366に書いてある
以下の文章についてコメントを頂きたいと思います。

私は、恥ずかしながら、これから姜尚中「マックス・ウェーバーと近代」を
読もうとしているところです。

==============================

営利(活動)のもっとも自由な地域であるアメリカ合衆国では、営利活動は
宗教的・倫理的な意味を取り去られていて、今では純粋な競争の感情に結び
つく傾向があり、その結果、スポーツの性格をおびることさえ稀ではない。
将来この鉄の檻(非有機的・機械的生産の技術的・経済的条件に結びつけら
れた近代的経済秩序の、あの強力な秩序界)の中に住むものは誰なのか、
そして、この巨大な発展が終わる(おそらく将来、化石化した燃料の最後の
一片が燃えつきる)とき、まったく新しい預言者たちが現われるのか、ある
いは、かつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも ―その
どちらでもなくて― 一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化す
ることになるのか、まだ誰にも分からない。それはそれとして、こうした
文化発展の最後に現われる「末人たち(letzte Menschen)」にとっては、
次の言葉が真理となるのではなかろうか。「精神のない専門人、心情の
ない享楽人。この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことの
ない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」と。―

==============================

277:Z
04/01/19 23:16
中葉さま お久です。「精神のない専門人、心情のない享楽人。・・・」、このフレーズは、
ニーチェの『ツァラトストラは、かく語りき』からの引用です。私は、それが『ツァラ~』
のどの辺に書かれているのか、まだ調べていません。これは、山之内氏の言です。
ヴェーバーにおいては、「非合理的なものから合理的なものが生まれ、合理的なものから非合理的生まれる」
というのが‘主テーマ’です。彼において、非合理的なものの代表が‘宗教’です。それが
合理化された(教義にしろ、教団にしろ)。『職業としての政治』の中に、「善は善からのみ
生まれ、悪は悪しか生まない~ということほど馬鹿げた考えはない」とあります。
ドッズは『ギリシャ人と非理性』で、ギリシャ文明は、非理性的なものの中から、あの理性的
な文明が生まれたことを書いています。

 そして、その文明が最高潮に達して、人々が自由であることに耐えられなくなり~即ち‘自
由の恐怖’を懐き、占星術のようなオカルトに走ってギリシャ文明は衰退した・・・と言ってい
ます。経済的には決して衰退しなかった!!生活は前にも増して裕福だった。 ドッズは、古代
に現代を見たのです。


278:Z
04/01/19 23:32
☆追伸
E.R.ドッズ著『ギリシャ人と非理性』A5-388p(岩田・水野 訳)みすず書房 1972 刊

279: 
04/01/20 00:09
>>276
大塚訳の当該引用箇所には、ウェーバー屋がこぞって指摘する有名な誤訳があります。


280:中葉
04/01/20 05:50
皆さん、適切なコメントをありがとうございました。

流石にウェーバー・スレですね。

私は今、この言葉を下敷きにしたレポート・提案書を書こうとしているので、
凄く助かりました。


281:\
04/01/20 10:23


URLリンク(www.j-n.co.jp)

282:  
04/01/21 00:41
「にせユダヤ人と日本人」で徹底的にやられたイザヤベンダサンこと
山本七平の名を冠した賞を、同じような本がもらうのも何かおもろい。

プロ倫久しぶりに読んだけど、確かに、結論先にありきで、
論証に必要かどうかわからない知識を多数ひけらかして煙にまき、
仮説をあたかも実証された科学的真実のように語る。
山本七平のごまかしテクはヴェーバーのパクリか?

しかし実証や論理展開の正確性を軽視(無視)する
思想好きの空理空論家には好まれる本みたいですなあ。
どこかロマンがあるのだろうのう。
それとも信者を増やしていくお手本として珍重されるのか?


283:Z
04/01/21 21:26
>>282さん江
貴君は「思想」と「科学」とを混同しておられる。
勿論、この混同は貴君だけではない。
思想は‘熱き心’だから、悪くいえば空理空論的なところがある。
科学は、自然科学にしろ、社会科学にしろ、人文科学にしろ、学問だから
実証(一次資料・二次資料なり、統計・実験などなど)的な裏づけが必要
である。

学問がテーゼとして一人歩きすると、思想になる(~場合がある)。
それが勝れたものか、下らんものかは別として・・・。

だから、思想に‘実証’を求めるのは無意味である。


284: 
04/01/21 23:09
>>283
282じゃないけど、あんた何にかみついてんの?
あんたの言おうとしてることが

 「プロ倫」は思想であって、科学や学問ではない。
 現実とは無関係な空理空論なのだから
 実証を求めても無意味だよ

ということなら、282も同意じゃないのかね?


285:Z
04/01/22 01:17
☆そう言うと思ってた。
『プロ倫』を思想と観るのも一つの見方であろう。その根拠は、せいぜい
『資本論』の「商品の物神性とその秘密」で充分だろう。
また、科学として観るならば、実証が基本である。その実証は、Kポパー
のいう反論可能性でなければならない。
ところで、Sピーロッティ女史が『プロ倫』批判をまとめている。下記のURL参照。
URLリンク(www.cad.gatech.edu)

思想とは“色即是空”や“人類の歴史は階級闘争の歴史である”であって、反論可能な実証でなく、絶対真理や『職業としての政治』に述べられているデマゴーグのようなものである。


286:中葉
04/01/22 08:16
>>282-285
の議論は、あまり理解できないが非常に興味深い。

今、必要があって姜尚中「マックス・ウェーバーと近代」とパウル・
ティリッヒ「文化と宗教」を読みはじめるところですが、おかげさまで
読む姿勢が決まり、読む意欲が湧いてきたように思います。

287:Z
04/01/24 00:04
>>286
Pティリッヒとはスゴイ!!
RNベラーなども、影響を受けているのでしょうか?
日本では、未だ翻訳も出てないようですね。
同じプロテスタントとして、Mヴェーバーをどう観ているのか
教えてください。
追伸=「哲学」と「思想」は、分けて考えねばならない~
   というのが、私の持論です。
   これを詳しくいえばキリがないので・・・


288:中葉
04/01/24 10:02
お目にとまって恐縮です。

詳しくはありませんが(汗)、
私がはじめて読んだベラーの「徳川時代の宗教(岩波文庫)」の出だしの
ところで、“我々は、パウル・ティリッヒ(Paul Tillich)にしたがって、
宗教を、究極的関心にかんする人間の態度と行為と定義する。”と説明して
います。そして、その後で何度もこの定義を引用しています。

私はずいぶん昔、婚約者について教会に通った頃、教会の小さな本箱にあった
ティリッヒの「信仰の本質と動態(新教出版社)」を読んでひどく感動した記
憶があるのでその後長い間探していたのですが、つい1週間ほど前に偶然、
再刊書を入手し、思い出に浸りながら読もうとしているところです。

繰り返しになりますが、ベラーの上掲書の基本理念は、ティリッヒ、
ウェーバー、石田梅岩などであり、指導教授はパーソンズ、ライシャワー、
エリセーフなどで、なんか、とっても格好いい本です。間接的には、丸山
真男の影響も大きく受けているようです。

ただ、将来のことを考えるに当たっては、同じベラーでも「善い社会(みす
ず書房)」が貴重です。そのあまり、私は原書まで購入してしまいました。

振り出しに戻りますが、私のチャレンジ課題は、
>>277 「精神のない専門人、心情のない享楽人。・・・」
です。

これに役立つ参考書はないようですね。
無謀な試みであることはわかっています。
ご支援ください。

289:中葉
04/01/24 10:12
Zさん、肝心のご質問に答えていませんでした。

ベラーについては、単行本としては上掲の他に「心の習慣(みすず書房)」
があります。講演録としては
「心学と二十一世紀の日本」URLリンク(www.geocities.jp)
"Shingaku and Twenty - First Century Japan"URLリンク(www.geocities.jp)
があり、URLリンク(www.robertbellah.com) による詳細な紹介もあります。

私はマンハイムを継ぐ貴重な存在、特に米国にとってはそうだと思います。
同じ理由で日本にとっても。

そうそう、「Mヴェーバーをどう観ているのか」はあまりはっきり分かりません。
徳川時代の宗教では、丸山の批判に対して、あちこちで悩み、揺れ動いている
ことが最近ようやく、私に判ってきました。それから、上記講演録では、そ
の反省の結果が読み取れるように思います。


290:中葉
04/01/24 10:27
もう一つ話題が残っていましたね。

>>287 「哲学」と「思想」は、分けて考えねばならない~というのが、私の持論です。これを詳しくいえばキリがないので・・・

多分、これが私にとっても、躓きの石になるでしょう。

やはり、35年ほど前に購入し、読みこなせなかったティリッヒの「文化と
宗教」を最近読み直し始めたのですが、この本の基調テーマが「哲学と精神」
に近いと思います。今日はこれ以上言えません。

言えることは、良い本と良い友に恵まれて幸せだということです。
これからよろしくお願いします。

291:中葉
04/01/24 10:50
>>265 未来社

実は、未来社には大変お世話になりました。

私はもともとマンハイムからこの分野に入ったのですが、始まりは
「自由・権力・民主的計画(未来社)」で、この本を10年間テキストに
使い、途中で絶版になったときは未来社の了解を得て、講義録版をhpに
収録したりしました。 URLリンク(home1.catvmics.ne.jp)

今年で定年退職ですが、その後もこの講義録版を社会教育に使う了解を頂き、
とても喜んでいるところです。

また、マンハイムのこの本の素晴らしさを教えられたのは、UCLAの
John Friedmann教授のRetracking America(Rodale Press)からでした。
フリードマンの集大成はPlanning in the Public Domain: From Knowledge
to Action, Princeton Univ. Pressです。
URLリンク(pup.princeton.edu)

恐るべきことは、マンハイムも、フリードマンも、もう一人私淑している
ドラッカーも、みんなオーストリー・ハンガリー帝国からアメリカへの移民
であることです。ハプスブルグ王朝、ため息が出ますね。

292:Z
04/01/24 17:36
>>中葉さん、詳しくご教示くださって有難うございました。
さて、「思想」の件ですが、岩波から『哲学・思想事典』が出ています。私も
色々と利用しています。確かに、哲学と思想は緊密な関係があります。だから
こそ、この二つはハッキリと区別しておかねばなりません。(そんな事、どっ
ちゃでもエエヤンカ~と、いう人は、それこそ、どちらでも良いでしょうが・・・)
鶴見俊輔氏主宰の『思想の科学』という雑誌があります。氏は、思想と科学は
アンチノミーであることをヨク知っているからこそ、このようなタイトルを付
けたのでしょう。
一方、「科学的社会主義」というコトバがあります~イヤ,ありました。社会
主義にしろ資本主義にしろ、科学的だの何のと、バカげた事を言うもんじゃない。
こういうところが、かつてのマルクシズムの胡散臭さです。「科学的」という
コトバに騙された者が悪い。
それから、もう一つ。客観的が科学的で、主観的が非科学的~なんて、幼稚な
レベルで物事を判断しないように!!


293:中葉
04/01/24 23:45
私は前から気になっていたのですが、

ソ連の科学的社会主義とアメリカ合州国の科学的管理法とは一卵性双生児ではないかと。

294:Z
04/01/25 00:37
これは鋭い質問です。

社会主義とは、一つの思想です。

「管理法」は経営学の一分野~一つの学問分野です。しかし、これは商品の
管理だけでなく、「人」の管理も含みます。そこが問題ですネ。そこで、M.
ヴェーバーの“精神のない専門人~・・・”が問題になってくる。かつて、E.
メイヨーがいったヒューマン・リレーション(人間関係)が経営組織論で論じら
れるようになった。(古いがL.マンフォードも『技術と文明』で論じていま
す。また、従業員の私生活にまで管理した‘フォード主義’も、科学的管理
法でした=新しいマルクス主義:レギュラシオンもこれを取り上げています)
即ち、「国家」と「企業」の違いが質的なものか、量的(規模の大小)な違い
なのか~です。私は、質的な違いだと思っています。
しかし、この2つは似ています。どちらも、人間を「機械の歯車」(L.マンフ
ォード言)としていますから。





295:Z
04/01/26 00:08
旧ソ連の社会主義を科学的(勿論、マルクスもそう言っているが)というのは、
他の社会主義を(侮蔑的に)「空想的」というのに対比しての事です(だから他
の社会主義者は、自己を空想的とは言いません)。あたかも、己の仏教を「大
乗」仏教といい、他の仏教を「小乗」と言うのに似ています(いわゆる小乗仏
教派では、己を「小乗」とは言いません)。それに対し、経営管理論を科学的
というのは、あくまで学問的(科学的)に言った言葉です(それが価値合理的か
否かは別として)。

296:中葉
04/01/26 06:23
>>295 (それが価値合理的か否かは別として)。

正にここがポイントで、ウェーバーの指摘も>>276 そこを衝いているし、

ベラーは「善い社会」の序論「私たちは制度のなかを生きている」、
その「3 なぜアメリカ人は制度の理解が苦手なのか」で、
その原因と解決策の方向を示唆しています。

新しい「複雑系」を超える「総合」科学的アプローチが求められるゆえんです。

297:中葉
04/01/28 05:40
旧スレ「資本主義の精神」URLリンク(academy.2ch.net)
の最後のメッセージ952を引用します。

952 名前: Zack 投稿日: 03/03/13 19:29

イラク問題、どう展開するでしょうか?
もし、今マックス・ヴェーバーがこの世に生きていたら、
彼なら、どんな行動をとるでしょうか?
これは他人事でなく、重大な問題です。皆様、ご意見を!!

298:中葉
04/01/29 13:09
イラク問題に関する米国の対応はは悲劇的な状況です。

ティリッヒは「文化と宗教(岩波、p.119)」において、
“この分裂は悪魔的現象であり、その最も普遍的な現象は、人による自然の
支配と、その結果として人が支配されることに対する人の嫌悪との分裂であ
り、もう一つの悪魔的象徴が、東と西との分裂である。”と言っています。

「加藤周一、戦後思想を語る(論座、2003、3、p.92-)」において加藤は、
近代とポスト近代との分裂について以下のように成田龍一と語っています。
“(成田)68年は「近代」が問いかけられるという出来事でもありましたが、
重要な20世紀の区切り目だと思います。(加藤)68年が本質的に戦後を二つ
に分けると言えるかもしれない。改めて分析する価値があると、私はとても
強く感じる。”

ドラッカーは「イノベーターの条件(ダイヤモンド社、p.159-)」で以下の
ように書いています。
“歴史にも境界がある。目立つこともない。その時点では気づかれることも
ない。だがひとたび越えてしまえば、社会的な風景や政治的な風景が変わり、
気候が変わる。「新しい現実」が始まる。1965年から73年の間のどこかで、
世界はそのような境界を越え、新しい次の世紀に入った。過去1世紀にわたっ
て、政治の信条、公約、権力構造としていたものから卒業させられた。そし
て、道しるべのない未知の世界に入った。”

これらの見解は、私が1960年から1970年までに体験した実感と符合しています。

「マックス・ウェーバーの見直し」の必要性と可能性の原点も、正にここに
あると思います。

299:Z
04/01/29 23:05
戦争を「正義」とは思わないが、さりとて、“平和は正義だ・・・”という考えに
も賛成できない。平和は利害関係(interest)であり、大いに利己的(国家で
あれ個人であれ)なものであると思う。
1904年、ヴェーバーはマリアンネ夫人とともにアメリカを訪れた。その印象が
強烈だったためか、米国をヨリ肯定的に観る傾向があるようだ。
それに反して、ヴェーバーはフランスに対して厳しい。JMケィンズもそうだ
(『講和の経済的帰結』参照)。わが国は(特にインテリ階級は)「おフラン
ス」様々の国だから、この逆。
『講和の~』にしろ、マリアンネの『Max Weber~Ein Lebens Bild』にしろ第
一次世界大戦講和での、仏・クレマンソーのやり方に怒りを書いている(二人
とも、講和に参加している)。だいたい、フランスという国は戦争に負けなが
ら、講和には勝ち組に顔を出す。騎士道精神の特に強いヴェーバーにとっては、
それが許せぬ行為だったのであろう。
今度のイラク戦争でも、アメリカを非難するならば、それ以上にフランスの平
和主義は正義ではない。フランスの思惑が見え見えであろう。そこを突っ込む
のがジャーナリストとしての責任倫理である。このようなことは、‘60年安
保闘争’についても言える。



300: 
04/01/29 23:52
ロシアは?

301:中葉
04/01/30 00:01
ティリッヒ「文化と宗教(岩波、p.119)」より引用を続けます。

“私が今日悪魔的なものの最も普遍的な表現とみなすのは、人による産業の
支配と、この支配の所産に却って人が支配されることに対する人の嫌悪との
分裂であります。人間は産業社会の全制度を大がかりにつくり出し、その所
産たる強大な力を造りながら、逆にその力に伏します。それははじめ人間を
開放し、自然の支配を可能ならしめましたが、今や人を服役の地位に追いや
り、人は次第にいよいよおのれの存在と、人格とを失ってゆくのです。この
種の非人間化は、初期の宗教的社会主義において他の象徴に対してわれわれ
が戦ったところでした。今やわれわれは、さらに大きな基盤の上にたって、
この闘いをつづけねばなりません。”

302: 
04/01/30 06:09
君マジで小田実読んでなかったみたいねぇ

303:中葉
04/01/30 06:23
ええ、好きじゃないですから。

304: 
04/01/30 07:21
でも好き嫌いできめるところは小田ゆずりだね。

305:中葉
04/02/01 07:05
>>299 そこを突っ込むのがジャーナリストとしての責任倫理である。

作家兼ジャーナリスト 村上龍、冷泉彰彦の倫理実践例
■ 『from 911/USAレポート』 第130回
URLリンク(ryumurakami.jmm.co.jp)
又は URLリンク(www.egroups.co.jp)

306: 
04/02/01 09:34
>>299
初期WASPが持っていた資本主義の精神は、20世紀初頭の段階で
失われつつあり、すでに営利追求はあたかもゲームのように営まれるように
なっている、という観察も、ウェーバーはしてますね。
外交政策にしても、かたやモンロードクトリン、こなたいけいけ覇権主義、
全然状況が違っています。
ウェーバーが今のアメリカ経済・外交を見たら、どのように評価するのでしょうか。

307:中葉
04/02/01 14:51
>>306 ウェーバーが今のアメリカ経済・外交を見たら、どのように評価するのでしょうか。

受け売りですが、次が参考になるのではないでしょうか?

>>276

==============================

文化発展の最後に現われる「末人たち(letzte Menschen)」にとっては、
次の言葉が真理となるのではなかろうか。「精神のない専門人、心情の
ない享楽人。この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことの
ない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」と。―

308:Z
04/02/01 23:45
Mヴェーバーは、亡くなる前、オーストリア陸軍将校を前に、「社会主義」に
ついて講演をしました。これは科学的であれ空想的であれ、社会主義の批判で
す。でも彼はヒットラー・ナチスや第2次世界大戦は知りませんでした。
1951年、アメリカ・スタンフォード大学:ホールデン・フィッシュ・スミスの
『トップ・マネージメント』(TOP-MANAGEMENT~Organizaition and Control)が
刊行されました。これは、一方の極にナチス・ファシズム、他方にソ連ボルシ
ェヴィズムから、自由主義経済を守るために書かれたものです。またこの書は、
戦後日本の経済復興~経営学のバイブルでした。1989年、ベルリンの壁が崩壊
し、1991までに社会主義諸国は崩壊しました。マンハイムは云うまでもなく、
ティリッヒもマルクーゼもフーコーもそれを知りません。マンフォードは壁の
崩壊の年に亡くなっています。そして壁の崩壊のときに、皮肉にもわが国では
バブルが崩壊しました。それと時を同じうするように、‘IT革命’がグローバ
ル化しました。
現在の(産業構造を中心とした)自由経済システムは、このような歴史的過程
のなかで捉えるべきでしょう。
確かに、一方では「カジノ資本主義」があるでしょう。かつてのマルクス主義
(教条的な)者は、今でもこれにしがみ付いています。奇妙にも、無知で保守的
な人ほどマルクスの19世紀的資本主義論を、盲目的に信じています。
例えば、「ブルジョア」という言葉の意味を、無知で保守的な人ほど、教条的
マキシストの思惑通りに妄信しています。



309:Z
04/02/02 00:28
>>305のURL、拝読いたしました。
結論を先に言うと、「カプセル」というコトバに、筆者は‘自己陶酔’している
感じがします。民主党のパーティでブッシュを批判するのは当然でしょう。
それから、アカデミー賞に「カプセル」があって、ゴールデン・グローブ賞にはな
い~と言うのも腑に落ちません。
いささか偏りすぎている論評です。日本のジャーナリストとは、こんなものです。
「偏り」と「批判」の自己撞着=「偏り」が「批判」との思い込みが見受けられます。
こういうことは、ベルリンの壁の崩壊以前にはイヤというほど見せ付けられて来ま
した。そして、壁崩壊後は「そんなこといったか?」のような顔をして~手のひら
を返して、のうのうと無邪気に新たな「偏り」・「批判」しているのが日本のイン
テリでしょう。



310:?
04/02/02 00:29
>>308
>例えば、「ブルジョア」という言葉の意味を、
>無知で保守的な人ほど、教条的
>マキシストの思惑通りに妄信しています。

具体的にはどういう意味ですか?
「都市部有産階級」といった広義的な意味合いですか?
それとも「金融資本」といった狭義的な意味合いですか?
普通に無知で保守的(とされる)人々の謂う「ブルジョア」
とは「金持ち」程度のものですね、この国では。
ですから、田舎の土地成金や(在地)小地主でもブルジョアであり、
「保守」層とされるわけです。



311:Z
04/02/02 00:48
>>310まァそんなところです。おカネを持っているだけではブルジョアではありません。
市民として、社会的・文化的責任を果たしてこそ「ブルジョア」です。もっとも、
借金だらだらでスカンピンはブルジョアではありませんが・・・
17世紀オランダのレンブラントの有名な絵画“夜警”をご存知でしょう。
あの絵画には「資本主義の精神」がみなぎっています。


312:Z
04/02/02 00:54
したがって、プロレタリアといっても、単なる貧乏人のことではありません。
都市における産業労働者としての意識~誇りを持ってこそ、初めてマルクス
(あるいはMヴェーバー)のいうプロレタリアートです。それは資本主義の精神
の内の一部です。

313:310
04/02/02 01:53
>>311-312
ふんふん。
要するに、ビュルガー(市民)に包摂され
産業社会の進展によって
ブル/プロに階層分化していく
社会化された道徳意識ということですね。

こういった経緯を西欧文明の周辺部に属する日本人は
分かっていないという事ですか。
また、この点について
例えば中葉さんはベラー等を引用しつつ、
真宗を評価しているわけですね。

314:中葉
04/02/02 11:25
>>313 例えば中葉さんはベラー等を引用しつつ、真宗を評価しているわけですね。

良くご存知ですね。

しかし、現在は相当変わりつつあります。

第一に、ベラー自身が「徳川時代の宗教」の中の「ペーパーバック版まえがき」
の中で、丸山真男の批判に応えようと努力している場所を何度も読み直しています。

第二に、ここでも発言した、プロ倫の最後の章句(ニーチェの引用だそうですが)を
何度も何度も、現在の情勢に当てはめて考えています。

第三に、ドラッカーの「イノベーターの条件」付章「もう一人のキルケゴール
―人間の実存はいかにして可能か」に刺激され、ティリッヒ「文化と宗教」
によって、この問題提起に実践的に対応する道を模索しています。

第四に、ベラーの「善い社会(みすず書房)」から、彼の眼を通して見た
米国を理解し、対応姿勢を決めようと努力しています。

最後に、ベラー( URLリンク(www.robertbellah.com) )の比較的新しい日本への発言、
心学と二十一世紀の日本 URLリンク(www.geocities.jp)
Shingaku and Twenty - First Century Japan. URLリンク(www.geocities.jp)
を読みながら、これからの日米関係をどう再構築するか、考えています。

これからの真宗については、全く絶望していますから、無視する他ありません。

315:中葉
04/02/02 11:48
真宗だけでなく、これまで期待して来た米国のクエーカーについても、
URLリンク(www.afsc.org)
残念ながら同様です。
クエーカーの方は信用はしていますが、期待はできません。

ひょっとしたら、ICA文化事業協会が大化けするかもしれません。
URLリンク(ica-associates.ca)

316:Z
04/02/04 20:28
 話題を変えてみます。ところで、
「社会主義」というのは、結局、共同幻想ではなかったか?と思います。即ち、
共同幻想・対幻想・自己幻想が絡み合って、ズルズルとそちらの方へ行ってしま
った~。??
北朝鮮などは、市場経済はトンデモない。計画経済どころか、「無計画経済」
です。行政も、未だに植民地時代の日本官僚システムをそのまま継続している
に過ぎません。(コンピュータは導入しているでしょうが)
参照=木村光彦『北朝鮮の経済』創文社刊


317:中葉
04/02/04 23:49
資本主義はもっと幻想だと思います。

まだ、ウェーバーの幻想の方が、末人の方が、現実的ではないでしょうか?

318:Z
04/02/06 01:02
Mヴェーバーの『社会主義』は、もうご存知の事と思います。
1920年代に、ハイエク、ミーゼス、オスカー・ランゲなどの間で「計画経済」
か「市場経済」かの論争がありました。今では、結論がでています。塩沢由典氏
の『市場の秩序学』(サントリー学芸賞)によれば、計画経済でわずか40ぐら
いのモノでさえ均衡するには、スーパー・コンピュータを使っても3~400年
掛るそうです。市場に任せば一瞬です(ちょっと言い過ぎかもしれないが)。それ
に加えて、かつての旧ソ連ではキャベツやジャガイモなど、現実には生産の約半
分ぐらいは流通の官僚的怠慢で腐らせていたそうです(統計は生産統計ですから、
それは表面に出てきません)。それなのに心情的反資本主義者は、大根やキュウ
リが生産過剰になって価額下落を防ぐため、たかが数%焼却すれば、スグ資本主
義の欠陥だと騒ぎ立てます。市場経済において一般には、生産は消費の10~
15%ぐらいは多く作ります。その方が経済合理性があります。「週刊誌」など
は、均衡が50万部とすれば、60万部作成します。もし均衡通り50万部にす
れば、例えば札幌のキオスクで300部不足し、博多のキオスクで300部余る
事態が起こるでしょう。それをリアルタイムで転送すれば莫大な費用が掛ります。
均衡通りに作れば、あるスーパーマーケットの何千何万という商品の半分は余り、
半分は不足するでしょう。市場には‘ゆらぎ’(自動車のブレーキやハンドルの
アソビ)が必要です。
旧ソ連についての小咄にこんなのがあります。“ソ連のエライさんが、日本の百
貨店の食品売場にモノがいっぱい溢れているのを見て、日本の労働者階級は何と
貧乏なんだろう~彼らは、これを買うお金が無いのだと。ソ連では、たちどころ
に無くなってしまうのに~と。”


319:Z
04/02/06 01:20
もう一つ小咄を。
ソ連には三つ、世界に誇るものがある。
第一に、ソ連の国土面積は世界一である。
第二に、モスクワの地下鉄は、世界一深いところを走っている。
第三に、ソ連の腕時計の針は、世界一早くぐるぐる回る。

320:Z
04/02/06 21:22
もう一つ、Mヴェーバーの『社会主義』について。
私たちに経済原論を講義されたF教授が亡くなられて、未発表の諸論文が
遺稿集として刊行されました。その中に、「プロレタリア独裁について」
というのがあります。そこには、“P独裁とは、都市の産業労働者が一斉に
蜂起して現政権を倒し、彼らが実権を握る事であって、プロの~職業革命家
が労働者を扇動して己が実権を握るのではない。もし、そうであるならば、
その政権は過酷な専制政治~極端な官僚政権になる・・・”と、書いてあり
ました。そういえば、F教授の講義には、マルクスやエンゲルスは出て来ても、
レーニンは出て来ませんでした。やはり、Mヴェーバーの上記の論文を踏まえて
の事でしょう。旧ロシアでは、ブルジョアジーの基盤が未熟であった。(チェホフ
の『桜の園』を見よ)レーニンは、むしろ農民を扇動した。そして、ソ連時代に
スターリンはコルホーズやソホーズによって、農民をドストエフスキー時代の
ように‘農奴’にしてしまった。結局、旧ソ連は農業で失敗して崩壊した。
ロシアには、西ヨーロッパ(Occident)のような封建制度が未発達であった。
(この件については、マルク・ブロック『封建社会』参照=これについては、
改めて)
中国の毛沢東も、共産主義の拡大には、古くから細部に分かれていた農民結社
のようなものを基盤に、こまめに伸ばしていった。(終戦直後、岩波から『中国
農村慣行調査』が出ている)




321: 
04/02/06 22:58
>>320
すみません、最後の中国農民結社の文脈が取れなかったので、補足頂けると幸いです。
農民結社は封建的な性格を中国農村に与え、中共の安定に資したと理解するべきですか?
あるいはその反対?それとも別の論脈?

ところで、『社会経済史学』にも羽入本の書評出ましたのでご報告。
(大塚史学のかつての拠点だけあって、当然、点数は辛いですよ~)

322:Z
04/02/07 21:36
>>321さん江
「封建制度」=マルク・ブロック『封建社会』参照
Mブロックによれば、「封建制度」はOccident(西ヨーロッパ)と日本だけにあった
制度です。中国は二千余年、官僚制度です。ただ、ここで云う封建制度とは、
“うちの親父は封建的だ。とか、うちの社長は封建的だ。”という巷間の言
い方とは違います。巷間では、ただ古臭いもの前近代的なものを、単にそう
いっているに過ぎません。
中国の農民結社は、中国でも一番前近代的(マルクスの経済進化論からすれば)
です。そのような共産主義~社会主義と両極端のものに、先ず最初に基盤を
築いたのが毛沢東の中国共産党です。ソ連もそうでした。だから、歴史的には
後進国が共産化しました。では、都市の産業労働者が一斉蜂起して政権を倒す
事は無かったか?
それは二度ありました。ハンガリー動乱と、チェッコスロバキア(当時の)の
プラハの春でした。それらは事もあろうに、ソ連の戦車で踏み潰されてしまい
ました。
だから、現実の社会主義国家は、マルクス・ヴェーバー・シュンペーターが
考えていた社会主義国家とは、似ても似つかぬものです。
先進国では、マルクスが望んでいた共産化の‘時期’を逃がしてしまいました。
マルクスは、現代の情報化社会を予想できなかったのです。それはマルクス
の責任では、決してありません。

323:   
04/02/07 22:52
笑えたなw>「社会経済史学」の羽入本書評。
羽入がはたしてこのまま黙って引き下がっているか、見所だ。


324:Z
04/02/08 19:23
『~の犯罪』は、もう5刷(PR雑誌「未来」1月号広告より)。
出版されて、早や一年半。今頃になって、書評だなんて遅い。

325: 
04/02/08 20:49
>>324
んーでも学術誌だとそれが普通だからねえ

326: 
04/02/08 23:30
>>322
ありがとうございました。ロシアにおけるミール共同体とかと
同じで、農村社会のいわゆる相対的後進性の指標ということですね。

ところで、折原『ヴェーバー学のすすめ』を眺めてますが、もともと羽入本反駁本として
構想されているだけあって、ヴェーバー入門のようなつもりで手にした読者はひどい目に遭いそうです
タイトルに偽りありのような・・・

327:うんこ
04/02/08 23:45
うんこ

328:うんこ
04/02/08 23:45
テスト

329:うんこ
04/02/08 23:47
test

330:a
04/02/09 00:10
これ気になる・・・

URLリンク(user.auctions.yahoo.co.jp)

331:中葉
04/02/10 00:57
>>276 私は、恥ずかしながら、これから姜尚中「マックス・ウェーバーと近代」を読もうとしているところです。

必要に迫られてざっと読んで見ました。

面白そうだが難しい。頭が三角になった。

332:中葉
04/02/16 15:16
最初は取っ付き難かったが、最後の第4章「アメリカニズムの倫理と「帝国」
の精神」はめちゃ面白く、めちゃ読みやすかった。

マックス・ウェーバーも喜んでいるだろう。


次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch