06/12/03 01:00:53
これが、若い世代に広まっているということは、
まさに日本の政治理念の退行と、軌を一にしている。
自由な個人と個人の、性的志向としてのSM
(あるいは心理学的倒錯)としての加虐・被虐の
「プレイSM」とは微妙に異なる。
以前えす氏が言っていた
2種のSとMにそれは対応させることができるだろう。
外交型Mと内向型M 似非牧師Sー暴君S
むろん実際の場面ではそれは、似たような行為をする訳だし、
組み合わせも変わるだろうが、全体としては
「主従関係重視型」と
「行為重視型」に分けられるだろう。
帰属願望はとうぜん前者のMの欲求となる。
591:咀嚼途上者
06/12/03 01:18:44
(蛇足)
俺が「自己評価」をしているのは本当に自分か、と言った時、
すでに「プロ」氏が「自己不在」ということを言っているではないかと
感じた者のいるかもしれないが、
俺は俺なりに別のルートから峰をのぼってそこに辿り着いた。
同じ山を登っていても、違うルートからきて、
おなじ岩に手がかかることはある。
すでに先行者がその岩をつかんでさらに上へ昇っていようと、
あとからその岩に手をかけていけないわけでもない。
なにかいいわけをしてるように聞こえるかもしれないが、そういうつもりではない。
(言い訳するなら「自己不在」のあたりを読み落としていたことだなw)
他の発言者も気にせずに、自分のルートから昇ってきたのなら
同じ内容について「既出」など気にせず語ればよいのだ、と言いたかった。
(すまん、また、ちょっと酒が入ってるw 大きなお世話だなこれはw)
母子一体化に対する、第一次ナルシズムの問題は、
脳生理学や、胎児、胎盤の仕組みから眺めなおしてみると、
また、面白い見方ができる。
が、今は「プロ」氏の交響曲を聞く時間だ。 そのうちに、だな。
592:心理学初心者
06/12/03 13:55:45
私達が誕生した時には、母親が存在する(余程のことがない限りは父親
もいるわけだが)。私達は確実に親の影響を受けているだろう。遺伝学的
にも心理学的にもね。乳幼児期のナルシズムの段階ではまず第一に生理的
欲求があるし、安全欲求があるし、愛情欲求がある。
「母親からの愛は無条件でなければならない」と言ったのはフロムであ
るが、まさにそうなのである。親(特に母親)が愛を与えることによって
安心感が生まれるようになる。これが自己肯定へと繋がっていく。
それから幼稚園や学校で他者と関って、愛情欲求などが満たされると、
最終的には自己実現欲求から自己超越欲求へと向かうことができる。
自分が愛されているのならありのままの自分を表現ができるようになるだ
ろう。
しかし、親からの拒絶や他人からの拒絶、自分自身が持っている障害
(たとえば、身体的障害や発達障害あるいはその近縁のもの)から、
自己否定感を生み出すことがあるだろう。その自己否定が全ての始まり
である。服従は自己否定から始まる。
593:心理学初心者
06/12/03 14:25:14
自己否定から心理的防衛を図るとどうしても二次元の世界に行かなければ
ならない。自己否定という現実から逃れるためにどうしても二次元世界へ入
ることになるのだ。二次元の世界は空想の世界であり、幻想の世界である。
誰もが多かれ少なかれ二次元の世界を体験している。ただ、普通は日常的に
二次元の世界にいるわけではないだろう。
その二次元の世界からマゾヒズムの方向に向かう人もいるし、サディズム
の方向に向かう人もいるし、両方という人もいる。サディズムを社会生活
全般で発揮している人もいれば、性関係のみサディズムを発揮する人も
いる。一次元と二次元との葛藤が進めば進むほど深刻な精神障害あるいは
反社会性やサディズムなどを生み出す要因となりうる。
自己否定をするようになると、自己欺瞞が発生する。惨めな自分から、
身を守るためにもう一人作り出そうとする。そしてそれが「自己」だと
認識するようになるが、自己欺瞞ゆえに葛藤が生じ、葛藤に耐えようと
するとマゾヒズム傾向となり、葛藤を爆発させようとするとサディズム
傾向となる。
594:心理学初心者
06/12/03 16:00:44
こんな人はいないだろうか?
仕事はよくできるし、人間としても決して悪くない。ただ、社交性に
欠けていたり、寡黙だったり「自己表現」が出来ない人がいる。
それは前述でも少し触れたが、自分が愛されていれば(つまり自己受容
できていれば)、自己表現や自己開示が容易にできるようになるが、
自己否定している人や他者否定(表裏一体である)している人は、
簡単には自己表現や自己開示しようとはしない。だから自己紹介が苦手
である。自己表現、自己開示するということは、自分の外傷体験までさら
け出すかのように感じてしまうし(本人は意識していない)、曖昧な自己
を表現しようとすることになるから、苦手なのである。
595:心理学初心者
06/12/03 17:03:53
●男性マゾヒズム●
基本的な構造は一緒であるように思われる。母子一体感の欠如がしばしば
認められる。男性マゾヒストは母親と一つになりたいと思っているが、
それが叶わなかった。苦しい状態に対して服従する、苦しい自分、
惨めな自分を快楽とするために(性的な)マゾヒストとなることがある。
苦しい状態や惨めな自分を受け入れて、苦痛を快楽とする方向へと進んで
いく。
また、肉体の性は男性であるが、母親希求願望があり、女性になりたい
と思っている女性的男性がいる。恋人である女性と母親が重なって見える
ことがある。母親に似たような人を好きになる。女性に対して憧れのよう
な気持ちで接している。だからマゾヒストというのは同年代かそれ以上の
年齢の人と付き合うことがほとんどで、年下でもダビンチが描いたような
象徴的母親のような人を求める。幼少の頃の母親息子関係を持とうとする。
そして、正真正銘の女性を目の前にして、自分が男であるということを
自覚して、その現実から逃れるためにマゾヒズムが生まれる。肉体的には
男性だが、精神的に女性(つまり女性的男性)な人は、性に関する心理的
葛藤が起き、女性になりたいという気持ちを抑圧するためにマゾヒストに
なることによって防衛しようとするのではないか。
596:えす
06/12/04 13:51:49
>>585 プロ氏の心理学的知識が豊富なのは誰もが認める事だけど、SMに対する知識や興味、偏見の無さはどれ程なのでしょうか?
微妙に曖昧なので、俺の意見を言わせて頂くと
SM愛好者は良い意味でも、悪い意味でも『自分(達)の異常性』を認識してると思うのですが。
と言うか、分かってないと意味が無い訳で。それこそ『笑いながらのSM』になってしまう…
あと、これは全くの主観で余計な事なんですが(まちがってたら本当に失礼になります ごめんなさい!!)プロ氏の中にも何かに対する強い使命感と憎しみを感じるのですが…
597:咀嚼途上者
06/12/04 21:23:46
>>595 かなり峰を昇ったんだな、と。 特に後段の
「正真正銘の女性を目の前にして、自分が男であるということを
自覚して、その現実から逃れるためにマゾヒズムが生まれる。」
これは新鮮な見方に感じた。
母親との一体感を求めるなら、性的服従以外の精神的服従だけでいいわけだが
(実際、多くの男性Mにはその傾向が認められるわけだが)
「実際の女性を目の前にして」女性化願望が性的に顕在化する。。。
それは、異様なまでの「女性崇拝」姿勢をとるM男性の態度を
理路的にはかなりうまく説明できるように思える。
>>596 [プロ」氏、というより心理学自体が
フロイトを「脱性化」して、社会と個の関係に焦点を合わせているように思う。
…だが、まぁ「プロ」氏への質問だからこれは横レスだな。失礼。
598:心理学のプロ
06/12/05 01:36:38
>>596
私が言いたいのは、SMを意識している人じゃなくて、隠されたSM愛好者です。
隠された売春婦です。隠された強姦です。その裏づけに隠された虐待が
あると思います。物事に誠実な関心が持てない。これは心の葛藤ゆえです。
>>596
憎しみはあります。なぜなら、みんな大嘘つきだからです。
日本人が世界有数の恥ずかしがりやということは、世界有数の
嫉妬深さということと、同じです。これは、どんなにつくろっても
無駄です。だまされたうらみはあります。
自己憎悪の中の人生が不可能なら、自己憎悪を教えた親やそれを
放置している教師などは、基本的に無意識の確信犯でしょう。
そういう人が、他人の幸せを思うことは不可能です。
自己憎悪者が他人の幸福を願うとき、それは表面的なものです。
自己憎悪者に共感能力などほとんどありません。
599:心理学のプロ
06/12/05 01:43:45
自己憎悪と従属は、一心同体です。服従と自己憎悪は同時に起こり
自己憎悪は当然のことながら、抑圧され、それは他人へ向けられます。
これが、カルト的な原理です。憎しみが外部へ向けられます。
抑圧されたものは、投影されます。だからこそ、相手が自由だからという
理由で、相手を憎んでしまうのです。そのような者の人生は悲劇的だと
思いませんか?思えば犯罪者というのは健康な体を持っている人が
多いはずです。では、犯罪も犯せない自己憎悪者はどのように
みじめな生活を送っていることか。
600:心理学のプロ
06/12/05 01:49:24
基本的に恥ずかしいとは、みせかけが保てなくなったときに
生じるものだと思います。つまり、より恥ずかしがりやというのは
一見すると従順を装ってはいますが、単に自己憎悪しているに
過ぎない、そのため、その分自我が拡大していると思います
だからこそ、その分、見せ掛けが保てなくなったときに、より恥ずかしがるのだと
思います。
601:心理学のプロ
06/12/05 01:51:57
これで、羞恥心のトリックがわかったはずです。
SMの要素の羞恥心を生じさせるとは、見せ掛けを崩す行為だからです。
見せ掛けが崩れ、それに安心感を得るのは、本来の自分が出たからでしょう。
このように倒錯を必要としすぎる人は、その分見せ掛けが強いと言えます
だから、SM嬢がよく雑誌などで言うように、エリートが多いという
理由も当然と言えます。
602:咀嚼途上者
06/12/05 05:08:36
サーシャ・ナクト(フロイト派)はマゾヒズムを分類して、
色情化されたマゾヒズムと精神的マゾヒズムに分けた。
プロ氏は、終始精神的マゾヒズムを取り上げている。というのが俺の認識だ。
>初心者氏
男性Mが女性化を潜在的に願望しているとすれば、
女性Sは男性化を潜在的に願望している。
とすると、たとえば、SもMも根は同じとすれば(そこに俺は組みしないが仮定として)
女性の場合特に、男性化願望の有無が、SとMを分けるのではないか?
603:心理学初心者
06/12/05 23:47:39
>>咀嚼途上者
男性MもSも無意識に女性化願望がある。
女性MもSも無意識に女性化願望がある。
多かれ少なかれあるだろう。まったくなくなるというのことはないのだろう。
そういう場合には同性愛の方向へ向かうことがある。
ここからがポイントである。
604:心理学のプロ
06/12/06 00:16:42
ユング風に言えば、アニマ・アニムスになると思う。
男性は自分の中にある女性性を排除している。
その排除した女性性を相手の女性に投影してしまう。
そして、この排除した女性性(男性自身が勝手に決めているだけだが)
を取り戻すということを試みる。
こうして、現実のありのままの姿を認められない状態が起こることになる。
アニマ・アニムスは言ってみれば、自分が排除した男性性なり女性性。
この部分をどうやって補完していくかが、自分を取り戻すことにつながる
605:没個性化されたレス↓
06/12/06 00:54:27
葛藤を解消するための方法としてサディズム、マゾヒズムがある。
男性Sも男性Mも無意識的な強固な女性願望が認められるだろうが、
女性願望化は女性と一つになりたいと思う半面、憎しみがある。
そして、この憎しみから来る苦しみに耐えられないので快楽の方向へと
向かうことになる。その方法としてサディズムがあり、マゾヒズムがある。
サディズムは憎しみから来る復讐であり、マゾヒズムは憎しみから来る
服従である。
加虐・被虐で性的に興奮する(オルガスムに達する)のは、無意識の中
にある感情(憎しみ・怒り・孤独)を一時的に開放させるような働きがある
からである。もちろんS役とM役は自分にとって重要な人物と似たような
人物である。
Mは自分の格好を見て恥ずかしいと思う半面、自分の本当の姿を見ている。
「これが自分の姿なのか」と思いながらね。それをご主人様(重要な人物
の代理)に見てもらっているから快感を得るわけである。
女性Mが男性Sに縄で縛られて興奮するのは、女性が自分自身を憎んで
おり、罰せられたいと感じていて、そんな自分を罰してくれる、服従する
ことで、自己憎悪から来る全て悪感情を拭い去ってくれるように感じるか
らである。
男性Sが女性Mに拘束したりして興奮するのは、男性が自分自身を
憎んでいて、それを転化することにより本当に憎むべき相手ではなく恋人
に対してその憎しみなどの悪感情を晴らすために性的にサディズムになる
わけである。
何がサディズムとマゾヒズムを分けるのだろうか?
606:心理学のプロ
06/12/06 05:07:28
>>605
なんか違うようなところがある気がするが・・・。
サドとマゾを分けるのは、心理的な不安を解決するのに
どちらの方向へ向けるかで決まると思います。
つまり、自分がだめだから・・・となるか、あるいは他人の責任にして
他人を攻撃することにより解決を図るかだと思います
607:咀嚼途上者
06/12/06 05:44:09
>>603 すまんが、
「女性MもSも無意識に女性化願望がある。」
これは「男性化願望」の タイプミスだろうか?
というのは、俺は前スレで言ったような気がするが、
基本的には、男子も女子も、幼児期は皆「女性」であると考えている。
そして、男性はじょじょに男性になっていく、と思っている。
(これは男性脳 女性脳の差違を知った現在でも変わらない)
したがって、女性化願望というのは、本来男性にしかないものだと考える。
女性マゾヒズムという概念がフロイト派にはある。
本来女性は基本的にマゾヒストである、という概念だ。
「マゾヒズムの発明」によれば、この概念は
フェミニスト系の精神分析学者によって政治的な批判を受け
現在、まったく取り上げられないらしい。
しかし、ある程度の説得性をもっている、と俺は考えている。
そこで、>>603 の3行目がタイプミスではないとすると、
ある程度、賛意をしめす部分がある。
女性Sの男性化願望は変わらないが。
アニマ・アニムスはしたがって片方しか認められない。
女性の中の男性性は、擬似的にしか得られないと考える。
これは、生存の本質からいって、そうなる。
ユングの概念は、性の本質ではなく、どちらかというと、
ジェンダーに近い文化概念にすぎないと、思えてならない。
608:咀嚼途上者
06/12/06 07:32:07
男性は 女性の分化したものと考える。
単細胞からの進化を考えればごく当然の話だろう。
生命連鎖を行う主体が女性性だ。
したがってそれは、自然性となる。
男性は分離した女性だ。 大本は女性性だと考える。
609:没個性化されたレス↓
06/12/06 19:17:49
>>566
>「誕生を記憶する子どもたち」(デビッド・チェンバレン著、春秋社)という本を読むと
>新生児の時にはもう母親がすべての状態になっている、という事が説得的に書かれている。
そんなに早い時期から「母親がすべて」の状態になっているのですか?
それでは「1次的ナルチシズム」の仮定は無理があるかな。
もし、「1次的ナルチシズム」の仮定が許されるなら、まずその状態(=全知全能の世界)があって
現実を多少なりとも知って、自分の無能無力に気がつき、不安になり、今度はその全知全能性を
母親に投影して、母親と一体になる事によって、全知全能の母親の一部として全知全能性を
取り戻そうとする・・・そうして、母親に全面的に依存している状態が「母親がすべて」の状態
と言えないだろうか・・・。
610:咀嚼途上者
06/12/07 01:30:26
>>609 子宮内での一次的ナルシズム(類から自己への転換)は
興味深い仮定だと思う。
ただ、最近知ったとこだが、完全なる母子一体化に関しては
保留がいるように思う。
胎児と母親では白血球(リンパ球)など、免疫システムで敵対的な関係にある。
そこで、胎盤は、母親から胎児を守るシステムとして、
母親の血液との直接接触を防ぐバリアーを胎盤の上に持つ。
(「トロホプラスト(絨毛膜))
トロホプラストは、「母親の免疫機構からの攻撃」を防ぐために
遮断抗体を出すなど複数の免疫抑制システムを持っている。
甚だしいときには、免疫抑制因子(ISF)なる免疫抑制タンパクを出し、
母親の免疫機能を弱めることまでする。
(妊婦の免疫能力が低下するのは、こういった胎盤システムのせいだという)
へその緒を通して母親と繋がって、異物として母親の体内にいて、
完全に母親(母体)に依存していても、すでに、
胎児は、母親と別の「個」として、完全なる母子一体化状態ではない
個の生命時間を獲得している。
これは当然、心理に大きな影響を与えるに決まっている。
そういった意味で、胎内で、類として進化し旧ほ乳類から
大脳皮質の異様な発達した「ヒト」、そして「わたし」になる過程で
一次的ナルシズムは当然あってしかるべきだと考えられる。