06/09/13 00:40:04
>>276
> 「キリスト教の自己犠牲精神は自爆テロと同質」というのは、論理の飛躍ですな。批判になってない。
どこが論理の飛躍か指摘してもらえないでしょうか。
私の論は次の通りです。
「キリスト者はイエスの贖罪=殉職を美化肯定している」
まず、キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるか
について、私は根源は贖罪であると主張します。なぜならイエスの贖罪=
神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと
こそがイエスをキリスト=メシア=救世主であることを裏付けるからです。
この贖罪がなければ、イエスの神性や人類愛を説明できず、
キリスト教徒は贖罪とイエス自身の行為を美化肯定しているのも事実なのであり、
これを否定する者は非キリスト者であるわけです。
この贖罪意識を善とするキリスト集団が・・過去の例であれば十字軍が、
現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。
「自爆テロリストはインファデルに対する殉職を美化肯定している」
一方、イスラム教徒はその教義コーランにより、インファデル(非信仰者)を
粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉であり運命である考えています。
キリスト教の例と同様に、
聖戦=ジハードによって、異教であるキリスト教とその信徒を粛清することや、
その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。
以上が、キリスト教の贖罪精神が自爆テロと同質である所以なのです。