06/07/20 00:59:51
>>786
絶望して自己自身たろうとする絶望における弱さとは、
弱い絶望を打ち負かして信仰へと進む、という弱さではない。
言うならば絶望者の弱さだ。
弱いがゆえに信仰に向かう事はない、と考える方が自然だ。
また、693氏の説く信仰の観点から絶望を論じるのは、
絶望者に対する反動に他ならない。絶望者も世界の一部だから。
780にも書いたが、キェルケゴールとニーチェに関連を見出すかは別として
両者はとてもよく似た論理構造を持っている。
ニーチェにも同様の問題は起こりうるが、
少なくともニーチェは解決していると思う。おそらくスピノザ的に。