06/01/01 15:58:25
>>32
スレから拾った主な歴史だが
古代、新羅と戦いこてこてにやられている。
古代、大内氏のご先祖様の百済王の末裔が日本に帰化した。
(白村江の戦い、これは大和朝廷が戦ったので長州とは関係なし。ちなみにぼろ負け)
古代、和同開珎(長門の鋳銭所)が作られた地。
平氏の西国の拠点の地、壇ノ浦で戦いで東国の源氏にこてこてにやられた。
2度の元寇で元軍で福岡とともにこてこてにやられた。
1度目は対馬を乗っ取られしまい、ここを拠点として元軍が暴れ回った。
しかし、2度目は愚かにも長門を乗っ取られしまい、ここを拠点として元軍が暴れさせてしまった。
幸いにも2度とも台風に助けられた(長州人の神風思想)。
大内氏、応永の乱で大内義弘が足利義満にこてこてにやられた。
毛利軍、毛利元就が防長両国を平定後、孫の毛利輝元が朝鮮に出兵するもこてこてにやられた。
毛利軍、関が原の戦いでこてこてにやられた。
(巌流島の戦いの舞台となった地であはるが、当地との歴史的関連は薄い。)
長州軍、馬関攘夷戦争でこてこてにやられた。
長州軍、蛤御門(京都)の変ででこてこてにやられた。
長州軍、四境戦争で薩摩に助けられ、はじめて幕府軍との戦争にかてた。
主な戦いは負け戦さで、勝つときは必ず何か手助けが必要な歴史であった。
今じゃあ隣の国との交易に熱心だしね。隣の国の人との区別がつかないほど発想は混血状態。
長州人最高!って。
神風の精神は負け戦でも神風が助けてくれるかもしれないという長州人的発想(明治時代以後は特に)。
神風特攻隊などが良い例。白虎隊の本丸が落ちたと思い、義に殉じた精神とは全く異なる。
どちらも共感を呼ぶし涙もでるが、嘲笑しあうのは傍目に見ても不快だ。
神風の精神(神風特攻隊)は逆にイスラムのテロに教科書にされているということも忘れるな。
そして笑え。