05/08/13 20:01:22
明治20年に「伊藤博文処女姦事件」というのがあった。
伊藤の部下に美人で評判の美人がいて、ある宴席に親子を呼びつけ、
親には急用をいいつけて席を外させ、娘を別室に呼びつけて強姦した。
事実を知った父親は激怒し、伊藤は地方の知事にしてやるとなだめたが、
即刻辞表を出して郷里に帰ってしまった。
これを新聞がかぎつけて報道しようとしたが、政府は新聞紙条例や出版条例で差し止めた。
イタリアから来たサーカス一座の未婚女性も手玉にしたともいいます。
伊藤が統監として朝鮮に来たとき、「朝鮮には美人がおらん。どうなっちょるんじゃ」と伊藤がぼやいたら、
向こうの大臣が、「美人は秀吉が攻めてきたとき、あらかた日本に連れて行かれたので、ブスしかいません」と答えた。
伊藤はがっかりしたが納得したという。朝鮮顔は伊藤の好みではなかったのだろうか?
おそらく、事前に朝鮮の役人と日本の役人がしめし合わせてブスしか出さなかったのだろう。
キーセンだけでなく、素人娘にも手をだす可能性が高いからだ。
日本の役人は、加藤清正の虎退治の向こうをはって、伊藤の美人狩りでもやらかしたら、
独立運動に火を注いで統治の妨げになり、千年は恨まれると思ったのだろう。