05/07/05 20:44:39
>>536
渡来系弥生人の急速な拡大は、なぜか今の名古屋周辺・濃尾平野でストップする。
濃尾平野からの東、実はそこは、
西日本をはるかに上回る数の縄文系の人々が暮らす、いわば縄文系の牙城だった。
遺跡の分布の研究から、
縄文人のおよそ85%は東海・北陸以東の東日本に住んでいたという推計がなされている。
その理由は、東日本と西日本の自然環境の違いに求められるという説が有力だ。
東日本は、ブナやナラなど冬になると葉が落ちる「落葉広葉樹」の森に覆われている。
それに対して、西日本の森はシイやカシなど一年中、緑の葉が茂る「照葉樹」が中心だった。
この二つの森では、東日本の落葉広葉樹林の方が、ドングリなど食糧となる資源が豊富だと言われている。
こうした理由から、縄文文化も中部・関東、そして東北地方といった東日本で栄えたとされている。
その事が解るのは、渡来系の人々が伝えた遠賀川系の土器が、
一部の例外を除いて全くと言っていいほどに東日本に入り込んでいないからである。
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日本人はるかな旅5・そして日本人が生まれた より
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