03/11/27 02:18
>>828
そして、私の目的だが、決して君を否定したり、「原則」を認めないための
試みをしたいと思っているのではなく、むしろその「原則」の可能性を吟味す
る事にあるのだ。私は、「原則」が存在しているという観点から話している。
「原則」が、宗教であるかどうかはともかく、現実社会で何らかの機能をし
ている事は認めるが、それはむしろ大昔から人々が気付き機能させていただけ
ではなく、記述されて残されていたのではないか?
そこで、君が「会得」したという「原則」と、私が気付いたと告白する「原
則」が、どこまで同じであるものかに興味があるのだよ。
ちなみに私は君の言う『7つの習慣』等関連書物は読んではいない。
では、聞いてみたいが、新約聖書にある次の言葉は、君の言う「原
則」と根本のところでは、同じことをいっているのではないかね?
「先ず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、全てのものは後で添えて与えられる。」
例えば、わかり難い人は、神を「自然の摂理」と試しに読み替えてみるといいかも知れない。
もちろん、深く思慮しなければ、「信仰」「宗教」「教条」といった言葉にまつわるイメージ
にからめ取られてしまって、誤解を招きやすく、またそうした固定観念を敢えて捨象した上で、
自然や社会をよく観察した上で洞察するのでなければ、わかり難いのだが。