20/05/11 11:18:51 WIrEXINv.net
そして後者は、種族の生命が持続、延長ないし価値の点において個体のそれを凌駕する
程度に応じてよりいっそう激烈でなくてはならない。それゆえ性欲は生への意志の完璧な表われであ
り、最も明快に表現されたこの意志の典型なのである。そこからの個体の発生ならびに、自然人にお
けるこの意志の他のいっさいの願望を超える優位性は、右の点と完全に一致する。
ここでなお生理学的な点をひとつ指摘しておくが、これはわたしが第二巻で述べた基礎学説を逆に
明瞭ならしめることになる。すなわち、性欲は欲情の最も激烈なるもの、願望中の願望、われわれのいっ
さいの意欲の集中的発揮であり、したがって個人的なつまり或る特定の個人にふりむけられた願望にぴたり
と応ずるような満足感は最高最大の幸福であり、人間の自然的努力の究極目標であって、そこに到達す
れば彼はいっさいを得、それに失敗すれば彼はいっさいが失敗したに等しいのであるが、われわれは
この欲望の生理学的相関物を客観化された意志つまり人間の生体組織において見いだす。というのは精
液をさすのであって、これは分泌物中の分泌物、あらゆる液汁のなかの精髄、あらゆる有機的機能の最
終的な結果である。かくてわれわれは、肉体は意志の客観化、表象の形式をとった意志するものにほか
ならぬという点についての再度の確証をつかんだわけである。
生殖には子供の養育が、性欲には両親の愛が結びつく。つまり種族の生命はここにおいて継続され
る。したがって動物の子供への愛は性欲と同じくまことに強烈で、特定の個体にのみ向けられた努力を
優に凌駕する力をもっている。最も穏順な動物といえども子供らのためには生死をかけた異常な闘争を
買ってでるし、ほとんどすべての種類の動物にあって子供の庇護のために母親はいかなる危険にも、い
な、場合によっては確実な死にむかってさえも突進してゆく。人間の場合はどうかというに、この本能
的な親の愛は理性によって、つまり思慮分別によって導かれ媒介され、ときには抑止されもするもので、