17/08/15 08:25:37.24 As1jGUoW.net
>>26
これはあくまで俺の解釈だけどたとえば
出雲大社が本来は大和朝廷の長たる天皇とは別の国の神殿だったし
南九州の宗教は本来は火山を崇めるもので、
現在でこそ阿蘇神社(阿蘇山)だとか枚聞神社(開聞岳)とかだけど
本来は神道関係ない土着の祭司施設がそこにあった
特に阿蘇神社は出雲大社のように神社という枠に収まる前、
隼人と呼ばれた頃からの宗教施設の祭司の家柄が現在でも宮司をやってる
今でこそその何れにも鳥居があるけど古来はなかったと思うよ
神道という枠組みの中で大和朝廷の様式がその権力と共に広まった結果なんじゃないかね