『音』 に人生を悩まされて母子を殺害した男性「迷惑をかけているんだからスミマセンの一言位言え 人間は殺人鬼にはなれない」 [487175405]at POVERTY
『音』 に人生を悩まされて母子を殺害した男性「迷惑をかけているんだからスミマセンの一言位言え 人間は殺人鬼にはなれない」 [487175405] - 暇つぶし2ch1:番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です
18/07/26 17:03:23.74 eXdb4p1D0.net BE:487175405-2BP(1000)
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ピアノ騒音殺人事件
【音の恐怖】
大浜松三は東京・亀戸で生まれた。
家業は書店だった。小学生時代は成績優秀だったが、旧制中学に入ると怠惰になり、卒業後は親類の工場に勤めていた。
1963年ごろ、八王子市内のアパートに住んでいた時、自宅のステレオの音に苦情を言ってきた隣人と大喧嘩した。
それ以降、騒音に異常反応を示すようになった。自ら入浴の時にすら音をたてず、妻の入浴時の音も気になるようになった。
彼にとって唯一の趣味であったステレオさえ、ヘッドホンなしでは聴かなくなり、次第に音楽の熱も冷めていった。
彼は騒音に心をとらわれすぎてしまっていた。その後、よく吠える近所の犬を何匹か殺して、警察に通報されたりした。
1970年4月、大浜松三夫妻が神奈川県平塚市の県営団地の4階(406号)に引っ越してきた。この団地は鉄筋4階建て50棟に1323世帯が住んでいた。
大浜は当時、市内の工場の工員で、過去に二度、窃盗容疑で逮捕されたことがあったが、目立たないおとなしい男だった。
ただ、神経質な性格で、特に騒音には敏感であった。自身もテレビを観る時にはイヤホンを使用していた。
大浜夫妻にやや遅れて、親子4人家族が階下3階(306号)に引っ越してきた。この家族は賑やかで、父親は日曜大工が趣味だったので、よく工作の音を立てた。
大浜の妻によると、階下でのアルミサッシの開け閉めも5分間に20回も繰り返されることもあったという。
こうして静かな夫婦と騒々しい親子が厚さ12cmの床の上と下で暮らし始めた。
大浜は時々、階下の会社員夫婦に苦情を言いに行ったが、相手は聞き流していた。
1973年秋、階下の3畳間に26万円のピアノが運び込まれた。小学2年の長女がピアノを習い始めたからである。
本来、ピアノは30畳以上の空間を前提に作られたものだ。
その後、毎日学校が終わる午後3時頃から大浜家にピアノの練習曲が響き始めるようになった。
大浜は階下の会社員宅を訪れて、「親が日曜大工でガタガタさせるから、子供も遠慮しないんだ。親の教育が悪い」と苦情を言ったが、変人扱いされ、話がこじれただけだった。
またある日には大浜が回覧板を持って行った時、長女が
「おじちゃん、人間生きているんだから、音は出るのよ」
と言ったことがあった。無論、これは長女の考えた言葉ではなく、彼女の両親が繰り返し言っていたことだった。
1974年4月、当時47歳の大浜は失業しており、夫婦の仲も冷えて、離婚話も出ていた。
不整脈も起こり、先行きの不安に怯えている大浜の心に、ピアノの音が突き刺さってくる。
1974年8月28日、その日は朝から蒸し暑かった。まだ学校は夏休みである。朝から例によって階下からピアノの音が鳴り始め、大浜は目を覚ました。
いつもは9時頃から鳴り始めるのに、この日はそれより2時間も早く少女は練習をしていた。大浜の怒りは頂点に達していた。
 
午前9時20分頃、大浜は階下の主人(当時36歳)が出勤したのと、母親と次女がゴミを出しに降りたのを確認。
刺身包丁を手に取ると、会社員宅に乗りこんでいった。ピアノを弾いていた長女(8歳)の胸を一刺しし、続いて先にゴミ集積所から帰ってきた次女(4歳)も刺した。
幼い次女はピアノとは無関係なはずだったが―。
迷惑をかけているんだから
スミマセンの一言
位言え。気分の
問題だ。来た時(入居時)
アイサツにこない
し、しかも馬鹿づらして
ガンをとばすとは何事だ。
人間、殺人鬼にはなれないものだ
マジックを手にとり、襖にそこまで殴り書きにした時、ゴミ出しから母親が戻ってきた。
大浜は母親の胸を刺して殺害した。襖に書いた言葉は、後で帰ってくるこの家の主人に犯行の理由をわからせるためであったという。
犯行後、バイクとバスを駆使して「死にたい」と思いさまよったが、ついに死にきれず、事件から3日後の31日、平塚署に自首した。
URLリンク(yabusaka.moo.jp)


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