16/11/23 15:19:41.68 IMgSJY8T.net
>>353
暗殺が韓国併合に与えた影響
その後、1910年8月に大韓帝国は大日本帝国に併合されることとなる。
当時の二国では、併合をなすべきかどうかについてそれぞれの国内でも意見は大きく割れていた。
その中で伊藤博文は「併合をせずとも保護国で十分であろう」という、どちらかと言えば併合慎重派であったとされる。
また暗殺事件が起きたことを恐縮に思い動揺した大韓帝国側が、併合関連の交渉で大日本帝国に対してさらに遠慮がちにならざるを得なくなったとも言われる。これらの点から、安が伊藤を暗殺したことで、逆に併合への道が加速したと見なされることがある。
ただし伊藤博文は初期は確かに併合反対派であったようだが、1909年当時には既に韓国併合論者側の主張に対して積極的反論をする事はなくなり、併合もやむなしとの立場に移っていたとも言われる。
また、そもそも暗殺以前に既に併合方針は決定されていた。それらを踏まえて、「暗殺は併合に対して、正負どちらの意味でも大きな影響をおよぼさなかった」との意見もある。
要するに無駄死に